第24話 佐倉の目的
佐倉書店の二階、和の趣を感じる畳張りの部屋で、ちゃぶ台を囲うような形で俺達は座っていた。
「と、言う訳なんです……」
何故か随分とおかんむりな佐倉を横目に、俺達は縮こまって座っていた。
「うん、大体事情は理解した」
「ホントか!」
「とりあえず麻衣香とター君は別に恋愛関係とかいう訳じゃなくて、ただお話しづくりのためにラブコメにありがちなヒロインを演じてるってことで、ok?」
「そう、そういう感じ」
複雑な関係だが、端的に説明されている。成瀬も俺の横でうんうんと激しく頷く。
佐倉は目を伏せふーっと息を吐いたかと思うと、そのままゆっくり開眼した。
「分かった。そういう事情なのであれば、私も何も言わない」
「許してくれるのか?」
「私が許すとか許さないとかそういう話じゃないでしょ。二人の問題なんだし」
「琴乃……!」
二人そろって呼び出されたときはどうなる事かと思ったが、佐倉は腕組をしたままだが許してくれるようだった、その柔らかい表情を見て、緊張が緩んだのか成瀬も思わず声が出る。しかし、佐倉は柔らかい表情のまま質問してくる。
「もう一回聞くんだけど、本当にター君と麻衣香が出会ったのは、偶然なんだね」
「あ、ああ。そうだな」
ある程度は正直に話したが、成瀬がパスタ丸であることについては隠した。あれだけラノベが好きな佐倉だ、成瀬の裏の顔を知っているとも限らない。成瀬のためにもここは話さないでおく方がいい気がしたのだ。
佐倉への説明としては、成瀬は前島さんの親戚筋で紹介してもらって……みたいな話にした、それが果たして通用しているのか、どれだけ意味があるかは分からないが。
「親戚筋で紹介してもらった相手とラブコメを作るって、どんなラノベだよ……」
「なんか言ったか?」
「ううん?なんでもないよ?」
ぼそぼそと何か佐倉が言った気がするが、イマイチ聞き取れなかった。
「それで、お互いの事を特に意識しているとかいうのは、無いんだよね」
「ああ、無い。これっぽっちもない」
「即答!?」
そこはしっかり否定しておかなければならない。しかし、俺の横では成瀬がすがるような眼でこちらを見ている。
「なに、期待してたの?」
「いや、別に期待してはいませんけど!それでも、なんというか、私にもプライドがあると言いますか、これでも神野君をドキドキさせるためにやっている訳ですし、そうも即答されると私も傷つくと言いますか……」
話しながらもじもじしている成瀬。前髪をいじくりながらも、なんだか察してほしそうな表情を浮かべる。
「何だよ、言いたいことあるならはっきり言えよ」
「いいです!にぶちんの神野君には言う事ありません」
「何だよ急に怒りだして」
「だから何でもないです!」
「人の家でいちゃついてんじゃないよ……」
二人で言い争っていると、佐倉の方から声が聞こえてくる。思わずばっと振り向くが、佐倉は相も変わらずニコニコしている。
「佐倉……」
「ううん」
「いや、別に何も言ってないんだけど……」
「私は二人が楽しそうにしてるなーって、それを見てるだけだから」
「「すみませんでした」」
笑顔の裏にどす黒いものを感じて、俺達は直ぐに謝罪に移行する。
「とりあえず……正座?」
「「はい」」
いわれるがまま俺達はそのままに正座に移行した。隣に座った状態で成瀬は顔を近づけて聞いてくる。
「ひょっとして、琴乃ってちょっと怖い人ですか?」
「……普段は、そんなこと無いんだけどな?」
「普段はってことは、そういう事じゃないですか!」
おお、中々鋭いな成瀬。
「多分成瀬は大丈夫だよ、知らんけど」
「知らんけどって何ですか!」
「知らないんだからしょうがないだろ」
俺の横でむきになっている成瀬をはいはいと適当に流す。佐倉とは10年以上の付き合いだが、たまにこうなっている姿を見かける、理由はいまだ不明。俺にも分からない以上、成瀬には気を付けろと言う他ないんだよな……。
「そんな適当なこと言わないでくださいよ……」
「ター君?」
「は、はい!」
「ビジネスパートナーにしては、ちょっと距離が近くないかな?」
「あ、おう、悪い……」
俺はスススと成瀬から離れて、佐倉と成瀬の三人で三角形を形成するような立ち位置になる。これは明らかに空気が悪い。しかも、多分佐倉の奴完全に目的忘れてるし。まあ、成瀬がここに上がってきた時点で本題には入れないんだが……
当の連れてこられた成瀬も明らかに居心地が悪そうにキョロキョロとしている。その視線には、初めて来る物珍しさだけではなく、何とかして話題を見つけようとする必死さが伝わってくる。
「あ、これ!」
成瀬は何かを見つけたかと思うと、すすすとその場から移動し、一冊の本を手に取る。
「お前、それは……」
よりによってその本を手に取るのか……!手に取った本を見て、俺は思わず背筋が凍る。恐らく俺と同じ気持ちであろうが、佐倉の表情は見れない。
「この漫画!最近私もアニメ見ましたよ~、琴乃も好きなんですか?」
「あ、うんまあ……、それの原作は、好きだよ?」
佐倉は俯いたまま、なんともいいずらそうにしている。成瀬とは微妙に視線が合っていない。
俯いて何も言えなくなっている佐倉がなんともいたたまれなくなって、俺はフォローを入れる。
「その、成瀬?お前が持っている漫画は、原作じゃなくってな?」
「え、ああ、そのくらい分かってますよ。同人誌ですよね?私はそんなに読んだことないですけど、この作品、結構人気ジャンルらしいですよね」
成瀬が手に持っているのは最近人気のサッカー漫画の同人誌だった。成瀬の言う通り、実際かなり界隈も盛り上がっているそうだ。
この作品の同人誌はほとんど読まないらしい成瀬は物珍しそうに表紙や裏表紙を眺めている。ふと横を見ると、佐倉は下を向いたまま固まっている。
「おお、そうか。じゃあ、その本の話はその辺にしとくか」
俺は必死に成瀬にその本を置くように言う。が、成瀬は手元に本が出現し安心感を覚えたのか、話をするのを止めない。
「にしても、この同人誌すごいですね。絵も上手ですけど、表紙の画角とかすごい迫力ありますね」
「そう?ありがとう」
「なんで琴乃がお礼を言うんです?」
照れる佐倉、表紙を見つめていた成瀬は、顔を上げて不思議そうな顔で佐倉を見つめている。
質問された佐倉はふうと短く息を吐き、意を決したように成瀬の方を向く。ポニーテールが佐倉の意思に呼応するようにゆらりと揺れる。
「だってそれの作者、私だもん」
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