第22話 キラキラ陽キャさん

 瞬間、沈黙が訪れた。


 反射的に答えたが、この話題はある種タブーにふれるようなものかもしれないという恐怖に似た感情が俺たちを支配した。


 沈黙を破ったのは成瀬だった。


「色々と言いたいことはありますが……」


 身体が少し怖ばる。


「この手の話は言ってもしょうがない気がするので、やめときましょう」

「ああ、そうだな。言い出したらキリがない」


 火種は依然として眼の前にあったが、俺たちは見て見ぬふりをすることに決めた。



「そ、それで何の話でしたっけ?好きなラノベでしたっけ?」

「そ、そう!折角本屋に行くしさ、成瀬はどんなの読むのかなぁって」

「一応人気な作品は一通り買い揃えるようにしてますよ?そのおかげでブログの収入ほとんど持ってかれちゃいますけど」

「なんというか……流石だな」

「そんな、褒められたもんじゃないですよ。好きでやってるだけですし」


 界隈では有名なブロガーだが、有名であり続けるには相応の努力がいるのだろう。


「でも、最近はあんまりブログ更新も出来てないんですよね」

「それは……申し訳ない」

「あ!いえ、そういう訳じゃなくて全然神野君の手伝いの方が楽しいし、やりがいがあるんで!」

「そうか……」


 なんだか気を遣わせている感じがして申し訳なくなる。


「元々コンテンツを消費するしかなかった私が、どんな形であれ作品を生み出す手伝いができるんです。こんなにうれしい事は無いです」

「そう言ってくれるとこっちとしても気が楽だよ」

「しかも他でもない日向先生ですし。ブログなんてやってる場合じゃないですよ!って神野君?なんでそっぽ向くんですか?」

「いや、別に」


 成瀬があまりに真正面から褒めるから、俺も彼女を正視できなくなってしまう。顔を背けていると成瀬はグイっと顔を覗き込んでくる。


「神野君……もしかして照れてます?」

「照れてないけど」

「うっそだー、ファンだって言われて照れてるんですね?」

「全然、そんなこと無い」

「じゃあたくさん言いますね!私は神野先生の大ファンで、本は部屋に何冊も持ってて壁にはポスター貼ってて夜は白狼しろう君の抱き枕で寝てますから!」

「あーやめて恥ずかしい照れる!」


 ……ってあれ?白狼の抱き枕なんて作られてたっけ……?一応主人公だけど、前島さんからそんな話聞いた記憶はないけどな。ファンメイドのグッズかなんかか?


「ひょっとして本屋さんってここですか?」

「ん?あ、ああ」


 そんなことを考えていたら、いつのまにか目的地に到着していた。緑の屋根の、少し古そうな本屋。


「佐倉書店、ですか」

「そう、別に普通の本屋だろ?」


 正直ここから先は帰ってほしい所ではあるが……。


「それじゃあ入りますか」

「……やっぱり付いてくる感じ?」

「当たり前じゃないですか、私は神野君の行動を見届ける義務があります」

「だよなぁ」


 まあいいや、俺も腹をくくろう。佐倉と成瀬には事情を・・・・・・説明すればいいや。


「じゃあ行くか」

「……はい!」


 緊張した声色の成瀬を背後に、俺は佐倉書店の扉を開けた。


「あ、ター君いらっしゃい!」


 佐倉はレジに座っており、俺が扉を開けた瞬間に、嬉しそうに立ちあがった。


「悪い、佐倉。ちょっと遅くなったわ」

「いやいやこのくらい全然大丈夫、だ、よ……」


 その視線はゆっくりと俺から下方に移り、成瀬に向けられる。ニコニコしていた表情は一瞬真顔になったかと思うと、すぐにまた笑顔に戻る。


「ター君、そちらの方は?」

「あ、ああ、実はちょっと事情があってな」

 俺は後ろを振り向き、成瀬をけしかける。俺の背後で小動物の様に縮こまっていた成瀬は、おずおずと前に出る。


「神野君!何話せばいいですか!」

 ――かと思うと、ばっと俺の方を振り返る。小声だがあまりに緊迫した声だった。


「普通に自己紹介すればいいじゃん。」

「いや、自己紹介って、そんな難易度の高い事言わないでくださいよ!」

「人生で何度もやったことあるだろ、っていうかなんでそんなに緊張してるんだよ。別に俺の時は大丈夫だったじゃん」


 安心させようと思っての発言だったが、成瀬は余計に食いついてきた。


「だって、相手があんなキラキラ陽キャ女子だなんて知りませんでしたもん!神野君みたいな同種なら何とかなりますけど、あのタイプは話が違います!」

「キラキラ陽キャ女子って……今日もクラスの人たちと喋ってたじゃん、あの通りにやりなよ。」


 あと同種ってなんだよ、あの時初対面だっただろ。


「無茶言わないでくださいよ!あれはそういうキャラでやってたから話せるだけであって、等身大の私じゃ無理です!」

「別に無茶言ってるつもりは無いけど。って待って、まさか成瀬が普段学校で人と喋らない理由って……」

「喋れないから以外にあると思いますか!?」


 もはやテンションが分からなくなり、恥ずかしげもなくぐいぐいとこちらに近づいてくる成瀬、孤高の美少女のベールが剥がれ落ちていく音が鳴り響いていた。


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