『免許国家滅亡物語』

みやごん@物語論好き

【第一章:免許国家の日常】

第1話:悲惨な国の現状 ~ 聞こえない悲鳴と見られない犯罪

「君ねぇ、レイプされそうになったくらいでいちいち駆け込まないでくれる?」

「えっ…!?」


とある交番で放たれた耳を疑う発言。

その無慈悲なセリフを言い捨てたのは、間違いなく国家権力を象徴する制服を纏った正真正銘の警官だった。


「今の国の状況考えてもらわないとねぇ。死人が出た訳でもないのに被害届なんか受理できる訳ないでしょ」

「え、あ、あの、で、でも…いつも付きまとわれてて、すごく怖くて…またいつ…」

「大体、その話本当なの?君から誘ったんじゃないのぉ?そんな短いスカート履いてさぁ」

「…!」

「銀行務めなんでしょ?そりゃあるよ。今時枕営業のひとつでもしないと生き残れないでしょ?甘えてちゃダメダメ。それに一発ヤらせてあげれば大人しくなるって」


警官から受けた想定外のセカンドレイプに、若い女性はただただ絶句するしかなかった。

そんな中、その警官に一本の無線が入る。


<セイサン地区のアパートで親子の遺体、至急現場へ向かえ。住所は…>

「はぁ、やれやれ」


無線を受けた警官は大きなため息をつき、そそくさと交番を去って行った。

その場に一人残された被害女性は途方に暮れ、ただ茫然としていた。

やがていたたまれない気持ちとなり交番を後にする。


夜の11時、警官から門前払いを受けた後、俯きながら人気のない家路を歩く女性。

艶やかな黒髪をなびかせるスリムでしなやかな後ろ姿、そこに突然忍び寄る一人の影、そしておぞましい男の声が降りかかってきた。


「見ぃ~つけたぁ~!」

「!!?」



それから数十分後、とある安アパートの一室に数名の刑事や警官が集まっていた。


「はぁ、またか…」


現場となった部屋に敷かれた青いビニールシートをめくると、その下には中学生と思われる男子の遺体。

近くにある介護ベッドには母親と思われる女性が息を絶えさせていた。


「増えてますね、ヤングケアラー」

「仏さん、綺麗な顔してやがる。睡眠薬かっ食らって無理心中ってとこだな」

「医療崩壊の次は福祉崩壊ときたか。先月は一人暮らしの小学生が飢え死にですよ。そんなヤマでもニュースにすらならない」


耐え難いはずの惨状にもかかわらず、警察関係者たちは小慣れた様子で現場を処理し始める。

すると、その場に若い警察官の男が血相を変えて駆け込んで来た。


「お取込みのところすみません!応援願います!」


若い警官に連れられ玄関先まで来てみると、そこには頭部から流れる大量の流血をガーゼで抑える一人の男が立っていた。


「この方強盗に襲われました!犯人逃走中、どなたか応援願います!」

「…」


何故か若い警官とは圧倒的な温度差を見せる刑事たちは、小さくため息をついた。

すると、一人の刑事がポケットから絆創膏を取り出し、被害者の男の胸ポケットに突っ込んだ。


「ボケっとしてんじゃねぇよ、面倒起こすな」

「え…!?」

「命があっただけめっけもん!今日はツイてるぞ〜。ほら行きな」

「ちょ、どういうことですか?」

「いいから行きなって。ほら、連れてけ」


刑事の男は被害者をこの場から連れ出すように命令し、それを受けた若い警官は信じがたいといった様子で硬直している。

被害者の男は声を震わせながら助けを乞う。


「さ、財布が…全財産が入ってたんです!今月の家賃も…。払えないと家族が…」

「そうか、そりゃ災難だったな。これからは気をつけな」

「そ、そんなぁ!」

「死人が出た訳でもねぇのに、そんな小せぇヤマに割ける人員なんていねぇんだよ。ほらさっさと行け!」


そう吐き捨て、刑事たちは部屋の中へと戻って行ってしまう。

成す術がない警官と被害者の男は、なくなくその場を後にするのだった。



親子無理心中現場の処理が終わった刑事たちは、部屋のベランダでタバコを吹かしながら夜街の風景を眺めていた。


「なあ、どう見える?」

「ん?」

「この街並みだよ」

「街並み?」

「静かだよな。何千何万って国民が悲鳴を上げてるとは思えねぇよ」

「はは、確かにな」

「年間自殺率も犯罪件数も過去最高だってよ。今やムショがホテル扱い。気が滅入っちまうよなぁ、破滅に向かう国をただ眺めてるだけなんて。何のために刑事やってんだか…」

「考え過ぎるなよ、どっかで気晴らししてこい。センター街に転がってる女でも買ってこいよ。今なら高校生も入れ食いだぜ」

「バッカ野郎、どこまで堕ちるつもりだよ?」

「何言ってんだ、国の経済回すんだから表彰してほしいくらいだぜ」

「ははは、違いねぇな」


哀愁を纏った談笑がひと段落し、現場の処理を終えた刑事たちはその場で解散となった。


「入れ食い…高校生…」



それからしばらくして、年長の刑事は一人でセンター街へと繰り出していた。

ネオン煌めく夜の街では、様々な影を纏った人間模様が繰り広げられている。

すると、突然とあるビルの方角から悲鳴が轟いてきた。


「きゃぁぁぁぁぁ!!」


刑事の男が野次馬をかき分け先頭に立つと、目の前には大量の鮮血を地面に広げる男の死体がひとつ。


「飛び降りだぁあ!」

「早く救急車呼べよぉ!」

「繋がらねぇんだよ!」

「んだよ、またかよ!」


刑事の男は特に何をするでもなく、スマホのシャッター音が鳴り乱れる群衆をかき分けその場を去ろうとする。

すると、


「おじさんどこ行くのー?」

「!」


目の前に現れたのはギャル系ファッションに身を包んだ一人の少女。

どこかだらしない物腰で、頭頂部には染め切れていない黒の地毛がプリン状態となって生えている。


「ホベツ2」

「!」


二本の指を立て隠語で援助交際を打診してきた少女に対し、刑事の男は警察手帳を開いて見せた。


「!!」


一気に顔が強張る少女。


「お嬢ちゃん高校生?」

「…」

「よし、こっちおいで」

「え!?」


刑事の男は少女の手を引き、とある場所へと向かう。

その先には無数のラブホテルが建ち並んでおり、刑事の男はその一室に少女を連れ込もうとする。


「え?ちょっ、何?」


抵抗する少女の腕を強く掴み、周囲に聞こえないように耳打ちをする。


「オジサンがチクッたらどうなるか分かるね?黙っててあげるから。ホラ!」

「…!」

「大きな声出すなよ?いいな?あ?」


こうして、刑事の男は小さな抵抗を続ける少女を脅迫し、無理やり部屋の中へと引きずり込んで行ってしまったのだった。

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