王子の想定外

ドゴォン!……パラパラ。


 金が混じった黒髪の大男が、刀を片手に廃砦の中で暴れまわっていた。


「だーはっはっはっは!もっと!もっと!かかってこいやぁー!」


 その声に廊下の奥、通路の曲がり角から、次々とゴブリンが現れる。


「グギャギャ!……ギャ」


「ギィヤ!」


 桃太郎は、ボロボロの剣や棍棒を片手に無策で飛び掛かって来るゴブリンの首を次々と斬り飛ばしていく。


「おいおい!雑魚しかいねぇーのか!?」


 ゴブリンを切り捨てながら、通路を駆け抜ける。


「チッ。なんだよ、数が多いだけで手応えがねぇーんだよなぁ。こんなのに苦戦してたのか?あいつらは。……あん?」


 しばらく、廃砦の中を駆け回った桃太郎は、中庭らしき場所に出る。


 そこには、全長6メートル程の緑色をした巨人が待っていた。


 その手には、ただ鉄を固めただけのような棍棒も握られている。


 ドン!ドン!ドン!


 桃太郎が現れたことにより、興奮したように棍棒で激しく地面を殴打する。


「威嚇のつもりかよ?」


「ウォー!キング!殺ス!命令!」


 そう言うと、巨人トロールは棍棒を大きく振りかぶり桃太郎へ力一杯に振り下ろす。


 ドォォォン!……ガラガラガラ!


 その叩きつけは、城壁も巻き込んだ事によって、砂塵が舞う。


 視界が悪くなった状況下でも、トロールは何度も叩きつける。


「殺ス!ミンチ!殺スー!」


 ドン!ドン!ドン!


 そして、最後に大きく振りかぶり、叩き下ろそうとした時。


「ア゙ァァァ!……痛イ痛イ痛イ!」


 その巨体は突如バランスを崩し、右膝を押さえ痛がり始める。


 暴れる者が居なくなり、中庭に舞っていた砂塵が徐々に晴れていく。


 「チッ!かてぇーな!……ケホッ」


 トロールから少し離れた場所に、少し汚れた姿の桃太郎が文句を垂れていた。


「それにしても、だりぃな。見境なしかよ」


 刀に付着した血を肘で挟み拭い取りながら、中庭の見渡し状況を確認する。

 

「まぁ、さっさとてめぇをぶっ倒して、親玉を奪いにいってやるとするか。こんな奴らに長い間手こずってる連中じゃ倒せねぇーと思うけどな!」


 廃砦に入る前、小バカにしてきた金髪野郎の顔を思い出す。


「って言う訳だ。苦しませるのは性に合わねぇんだ。次は一太刀で終わらしてやるよ」


 未だ、痛イ痛イと騒いでいるトロールの首を狙い、一足飛びで間合いを詰めると、渾身の力を込めて刀を振り下ろそうとした――その時だった。


 ガキィン!


 視界の外から、飛んできた斧を咄嗟に刀で弾き飛ばす。


「チッ!なんだよ」


 舌打ちをし、トロールから素早く距離を離すと周囲を見渡す。


「なんだあいつら」


 中庭を見下ろす場所にある渡り廊下には、そいつ等が居た。


 赤い帽子をかぶったゴブリン。


 レッドキャップが3匹居た。


「赤い帽子なんて被りやがって。お洒落のつもりかよ。あぁ?」


 その風貌にイチャモンをつける。


「アァァァ!殺ス!コロスゥ!」


 立ち直ったトロールが、目を血走らせながら桃太郎へ突っ込んでいく。


「ハッ!雑魚どもが!かかってこいやぁ!」


 その言葉を切っ掛けにして、トロールが桃太郎を踏みつぶそうと足を振り上げる。


 そして、それに合わせるように、レッドキャップも襲い掛かった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ドン!ドン!ドォォン!


 パラパラパラ。


 桃太郎の行動に合わせるように、アリシア達も廃砦の中に進入していた。


「随分派手に暴れているようですね」


 ルドルフは、遠く方で聞こえる物音へ視線を向ける。


「暴れすぎて、砦ごと壊さないか心配ですよ」


 カレンは天井から落ちてくるホコリを鬱陶しそうに手で払う。


「桃太郎が注意を引いてくれている証拠ね。私たちはゴブリンキングの討伐を絶対に成功させるわよ。……それも、迅速に」


 その表情は、強張っていた。

 

「アリシア大丈夫?」


 アリシアの腕に抱かれている子犬が心配そうに見上げる。


 肩に居る子ザル、頭に乗っている子キジも同様に心配そうにしながら、アリシアを見る。


「……っ!大丈夫よっ!ちゃっちゃと倒して、桃太郎を助けに行きましょうね?」


 子犬たちに心配させまいと、笑顔を浮かべる。


「戦闘回数も抑えられ、騎士たちの疲労も大分軽減されています。これなら、想定より早く作戦を終わる事が出来ると思います」


「それにしても、桃太郎はすごいですね。ここまで敵の注意を引いてくれるとは、ライト様やエリザ様も思っていなかったんじゃないですか?」

 

「そうね。彼の頑張りで、今があるのよ。無駄にしないためにも、急ぐわよ」


 そう言うと、アリシアは行軍速度を速めるように部隊へ通達する。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アリシア達の目の前に巨大な両開きの石扉が現れた。


「大きいわね」


 その扉をアリシア達は見上げる。


「今、開けますので少々お待ちください」


 ハロルドは、耳に手を当てると指示をしていく。


「この先にいるんですかね?」


 同じく扉を見ていたカレンが腰に差している剣の鞘を撫でる。


「姫様。準備が出来ました」


 部下から報告を受けたハロルドが、アリシアへ報告する。


「わかったわ。……開けて」


「了解しました」


 ハロルドが耳に手を当て、一言二言話すと扉が開き始める。


 ゴッ……ゴゴゴゴゴッ!


 徐々に開かれていく石扉。


 ゴゴゴゴゴッゴンッ!


 完全に開かれる扉。


 アリシア達は先へ進み始めるが、中は薄暗く奥の方までは確認する事ができない。


「暗いわね。……ハロルド、各部隊に明りを」


「はっ!」


 ハロルドが耳に手を当てると、各部隊へ指示を出す。


 「「「我の行く先を灯せ――トーチボール」」」


 周囲から魔法詠唱が聞こえ始めると、光球が浮かび上がる。


 アリシアの側では、カレンが詠唱すると、光球が浮かび上がり周囲を照らし出す。


 光源が出来た事によって、周囲を少し確認する事が出来るようになった。


 天井は広く、横や奥に広い空間だった。


「想像以上に広いわね」


 周囲を見渡していると、左右の離れた場所から石扉の開く音が聞こえる。


 ゴゴゴゴゴッゴンッ!


 ハロルドが即座に耳へ手を当て指示を出す。


「全騎士、警戒態勢!」


 全員がすぐに、動けるように左右の音がした方へと注意を向ける。


 カチャ……カチャ……カチャ。


 金属音が聞こえてから少し経つと、光球が浮かび上がり、騎士の部隊が照らし出される。


 その光景を見ていた、カレンがほっと胸をなでおろす。


「どうやら、味方みたいですね」


「ふぅ……。エリザお姉様たちも無事のようね」


 廃砦に入ってから、連絡を取れていなかったエリザとライトの部隊を確認出来た事に、アリシアは安堵する。


 エリザやライト達もアリシアに気づき、部隊を合流させるために近づいて来る。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 無事合流を果たしたエリザ、ライト、アリシアの部隊。


「お互い無事でよかった、とりあえずは安心だね」


「アリシアちゃん。何事もなかった?」


「はい。エリザ姉様、ライト兄様もご無事でよかったです」


 3人はお互いに無事を確認すると一息ついた。


「さて、事前調査だと、ここが目的地のはずなんだが……」


 ライトが周囲を見渡す。


「とても静かね。……本当にここなのかしら?」


 エリザは、顎に手を当て困惑する。


「既にここには居ないって事はないでしょうか?」


 アリシアは、可能性の1つを提示したが、ライトによって否定される。


「それは無いと思うね。僕たちは廃砦を囲むようにして、ここまで進んできたんだ。逃げてるなら、誰かが気づいてもいいはず」


 その時だった。


 ゴォォォンッ!


 3人がそれぞれ入って来た、石扉が轟音を立てて閉まった。


 その音にビクッと体を飛び跳ねるエリザとアリシア。


「な、なに!?」


「扉がっ!」


 二人は閉まった石扉へ視線を向ける。

 

 その異常事態に、騎士達もこの状況に戸惑い始める。


 その時、ハロルドに報告が入る。


「……あぁ。わかった。引き続き周囲を警戒していてくれ」


 表情を険しくしたまま、アリシア達へ現状を報告する。


「エリザ様、ライト様、姫様。どうやら我々は閉じ込められたようです」


 その言葉に、ライトは眉をひそめる。


「閉じ込められた?」


「はい。ライト様。固く閉ざされビクともしないそうです」


「ライト兄様。なにか良くない感じがします」


「あぁ、僕もそう思えてきたよ」


 険しい表情でライトが、考え込んだその時。


「人間って言うのは、やっぱり情けなくて笑えるぜ!」


 この広い空間の光源が届かない暗闇の奥から、人をバカにしたような声が聞こえた。


「っ!誰だっ!姿を見せろ!」


「おいおい。そんなにビビるなよ~。いいぜ~、今見えるようにしてやるよ」


 その言葉を機に、壁に設置された松明がアリシア側から空間の奥に向かって順に灯っていく。


 松明の光が部屋全体を照らした時、新たに分かった事があった。


 それは、部屋の奥に鎮座する玉座と、そこに座る黒い肌、血のような赤い眼、額から伸びる鋭い角を持った悪魔だった。


 そいつは、足を組み頬杖をつきながら、アリシア達をバカにした表情で見下していた。


「その脆弱な眼でも、これで俺様が見えるようになっただろ?」


 その姿を見て、エリザが一歩後ずさる。


 それと同時に、アリシアに抱かれていた子犬、肩に居た子ザル、頭に鎮座していた子キジが地面へと飛び降りる。


「ヴゥゥゥ!」


「あいつはやべぇ!」


「ここに桃太郎さんが居れば!」


 子犬は毛を逆立て唸り、子ザルは目を離すもんかとばかりに見開き、子キジは桃太郎の不在に嘆いた。


「そんな!……不味いわ!アリシアちゃん!貴女だけでも逃げて!」


 エリザは、アリシアの肩を掴むと、強引に扉の方へと逃げそうとするエリザ。


「エ、エリザお姉様!?いきなりどうしたのですか!?」


 その行動にアリシアとライトは混乱した。


「姉さん!いきなりどうしたんだ!」


「あいつは不味いのよ!」


 二人は、いつもの優しい雰囲気とは程遠いエリザに危機感が募る。


「あいつは!アヴァリオス!強欲のアヴァリオスなの!」


 エリザの絶叫が響いた。


「お?俺様を知っているのは人間にしては偉いじゃねぇか。……ただ、呼び捨てってのは気に入らねぇなぁ?お前ら雑魚種族の脳みそに刻んどけ。今日ここでお前らの全てを奪う存在の名をな!」


 アヴァリオスは、この場の支配者として玉座に座りながら、戦々恐々とする騎士たちを見渡す。


「七大罪が1つ。強欲の悪魔アヴァリオス!お前らは敬意を込めて、こう呼べ。アヴァリオス様、とな!」


 口元に冷笑を浮かべ、声高らかに名乗りを上げた。


「まさか……大罪持ちがここに居るなんてっ!」


 ライトの額には一筋の汗が流れた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


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