第38話 原始、女性は太陽であった(下)


  ※※※※


 こんな風に刊行数を伸ばしていった『青鞜』だが、もちろんトラブルがなかったわけではない。

 まず、メンバーの入れ替えはかなり多かった。のちに尾竹ベニヨシ、神近イチコ、伊藤ノエといった女たちが加わっている。

 そしてこの、尾竹ベニヨシというのがかなりの問題児だったと史実にはある。

 まず、未成年飲酒。次に、叔父に連れられて遊郭で遊び回ったこと。最後に、平塚ライチョウとの同性愛関係。

 こういうことを平気で『青鞜』に書いていたのだ。

 ――え!? 平塚ライチョウとの同性愛関係!?

 そう、今となってはあまり知られていないことだが、ライチョウはバイセクシャルだったと言われている。

「ライチョウさ~ん! キスしましょうよ、キス!」

「まあ、困りますわそんなの、わたくしたちは女同士ですのに」

「いいじゃないですか~! ライチョウさんってお堅いんですね~、こっちはそんなの全然アリですよ~!」

「えっ、えっ、えっ!」

 そういうデートが編集室の倉庫でひっそりあったらしい。

 しかもライチョウに男友達ができただけで、ベニヨシはすぐにヤキモチを妬いたようだ。「ライチョウさんの浮気者め~!」って感じで、それもエッセイとして発表してしまったのだ。

 これにはマスコミもビックリ。すぐにスキャンダル記事を飛ばして、結果、ベニヨシは退社に追い込まれてしまったのである。

 スキャンダル以外にも事件はあった。荒木イクという女性作家が不倫を肯定的に扱った小説『手紙』を発表すると、発禁処分を食らっている。

 こういう出来事が積み重なって、『青鞜』はオフィスビルヂングを追われ、次の編集場所を探さなければならなくなってしまった。


 アキコのほうはそんな『青鞜』を読みながら、なんともいえない気持ちになっていたと言われている。

「大丈夫かよ、ライチョウ――? なにやってんだ」


 当然のことながら、大丈夫ではなかった。

 女子英学塾(現:津田塾大学)の設立者、津田ウメコは学生たちに「『青鞜』は読むな。読んだら停学処分にすっぞコラ!」と恫喝。

 日本女子大学の設立者、成瀬ジンゾウも「立派な女の子になりたいなら、あんなものを読んではいけませんよ」と指導していたと史実には残っている。

 要するに、『青鞜』は炎上しまくっていたのだ。

「フェミニズムだの、新時代の女だのなんだの気取って言ってるけどよお、要するに道徳のなってない淫乱女の集まりじゃねえのか?」

 そういう世論ができあがりつつあった。

 もちろん、『青鞜』を擁護する声がなかったわけではない。岩野ホウメイ、阿部ジロウ、馬場コチョウ、杉村ソジンカンといった男性作家は、積極的に平塚ライチョウを庇ったと言われている。

 だが、ここで決定的な出来事が起きる。福田ヒデコという評論家が、『青鞜』に次のような言葉を載せてしまった。

《共産制が行われた暁には、恋愛も結婚も自然に自由になりましょう》

 要するに、社会主義ということである。

 はい、発禁処分(当時の日本はすぐに発禁にしちゃうんだよな~!)。

 これが平塚ライチョウの父親を激怒させてしまった。今までは、せめてもの義理としてあった仕送りも完全に絶えてしまったらしい。

『青鞜』からの単行本化も、上手くはいかなかった。

 もちろん、詩人である岡本カノコの詩集『かろきねたみ』を出したり、メンバーの小説をまとめた『青鞜小説集』なども出してはいる。

 だが、肝心の平塚ライチョウの評論デビュー作『円窓より』もまた発禁処分を食らってしまったのだ。

 どうすりゃいいんだ。

 発禁の理由は、次のように書かれている。

「この女は家族制度を壊すだろう。この女は社会のしきたりを壊すだろう」

 と。

 

 ライチョウは家でビールを飲みながら、

「どうしたらいいんですの? 文学って難しい」

 と、独りで愚痴っていた。

「ねえ与謝野アキコさん、あなたは今どこでなにをしてらっしゃいますか?」

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