第71話 ジョシュアが頼るものは

 ジョシュアはサミュエルを探して、学園内を彷徨っていた。


 本当は王妃からサミュエルとは付き合わないように厳しく言いつけられている。


 サミュエルは魔物討伐事件で出頭を拒否して騒がれ、今度はお家騒動で渦中の人なっている。


 ロスナー公爵家では、どういうわけかカーティスとアダムが殺し合いになり、サミュエルが家督を継いだ。


 ちまたでは簒奪者と噂されている。


 ジョシュアはマリアベルとも手を切れと父母から命令されているが、男女の仲はそう簡単にいくものではない。


 そのため、マリアベルはいまだにジョシュアのもとに侍っている。


 しかし、アリシアの失踪事件以来、ジョシュアの取り巻きはへり、情報通で使える者は誰一人としていなくなった。


 結局、頼れるのはサミュエルだけだ。


 ジョシュアは誰にもサミュエルの居場所を聞けず校内を捜し歩く、なぜ自分がこのような目に合うのかと腹が立って来た頃、サミュエルを見つけた。


 彼は学園の広い講堂にいた。大きな窓から光の差す窓辺の席で、一人静かに本を読んでいる。


 サミュエルは学園にもどってきたものの、昔のような人気者ではなく孤独であることを確認し、ジョシュアはほっとする。


「サム」

 声をかけると物憂げに彼が顔を上げた。 

 ふと彼の瞳の色が金色に見えてたじろいだ。


「これはこれはジョシュア殿下」

 そう言って微笑むサミュエルの瞳はいつもの青灰色だった。


 最近疲れているのか、見間違いをしたようだ。


「ここは公の場所ではない。いつものようにジョシュアと呼んでくれ」


「いえいえ、俺と親しくしたら、殿下の名に傷がつきますよ」

 そう言って笑みを浮かべる。


「そうか」

 サミュエルはズバズバとものを言うようでいて、わきまえているところが好ましい。


 それに彼の快活で適度に甘さを含んだ声音は人の心をほぐす。


「折り入って相談がある。アリシア嬢のことなのだが……」

「ああ、帰って来たと噂になっていましたね」

 ジョシュアは、サミュエルの相槌に頷く。


「実に人騒がせな話だったよ。下町の東地区の救護院で目撃情報が多々あって、兵が調べにいったんだ。併設されている修道院にも立ち入ってくまなく探したが、どこにもいなくて大騒ぎになったよ。結局はヴァルト伯爵のところにいたと言うから呆れたものだ」


 ジョシュアの愚痴をサミュエルは笑顔をたたえたままで聞いている。


「それで、ご用件は」


 先ほどのアリシアの言動を思い出し、途端にジョシュアは気持ちが沈む。


「彼女は頭がおかしくなったようだ。自分は魔法の鏡に呪われていると言い出したんだ」


「それは……また」

 ふとサミュエルが口元を押さえて俯く。


「どうかしたか、サム? まさか、笑っているのか?」

 サミュエルが顔をあげてかぶりを振る。


「いえ、俺も魔法の鏡の話は聞いたことはあります」

 そう言った彼はまじめな表情をしていた。


「怪談話だろう?」


「婚前の女子生徒が自分の将来が不安になって覗きに行くそうです」

「では呪いの類の噂はないのだな」


「ジョシュア殿下、なぜそのような話を?」

 怪訝そうに尋ねるサミュエルに、ジョシュアは憂鬱そうにため息をついた。


「アリシアに、今晩午前二時に時計塔の四階に誘われた。馬鹿げている」

「そうでしょうか?」

 サミュエルの返事にジョシュアは驚いた。


「まさかお前もそのような噂を信じているのか?」

「いいえ、真夜中の二時に二人きりで、時計塔の四階で待ち合わせとはロマンチックだなと思いまして」

「え?」


「アリシア嬢の精神が不安定というのなら、殿下がその時間アリシア嬢に付き合えば、おちつくかもしれません。恐らく殿下とマリアベル嬢との仲を不安に思っているのでしょう。二人だけの時間がほしいんじゃないですか? きっといい思い出になりますよ」

 サミュエルは常にジョシュアとは違う物の見方をする。ジョシュアにその発想はなかった。


「なるほど、お前が以前モテた理由がわかった。女性とはそういうものを求めるのだな」


「ええ、恐らく彼女は午前二時にあなたを待ちわびているんでしょうねえ」

 サミュエルの言葉はジョシュアの自尊心をくすぐった。 


 今のジョシュアには、どうしてもアリシアが必要なのだ。


 なぜなら、父である国王がアリシア以外の相手を認めないから。


 しかし、ジョシュアとしては、ヴァルト伯爵が罰せられないことが不思議であり、いらだたしくもあった。


 父である国王によれば、ウェルストン家に問題があったから、アリシアは一時的にヴァルト伯爵のもとへ退避したという。

 

 ジョシュアにとっては納得のいかない話だ。 


(いくら前ウェルストン侯爵といえど、ヴァルト伯爵は勝手が過ぎる)


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る