第52話 消えたアリシア ~ウェルストン家②

 マリアベルがデボラの様子に気づき、駆け寄っていく。トマスは愛娘を止めた。

「マリアベル、お前は部屋に戻りなさい」

「でも、お母さまが泣いているわ! 何があったの?」

 エドワードはマリアベルを一瞥しただけでサロンから出て行った。


「お父様、今の方はどなたです?」

「前ウェルストン侯爵だ」

 苦々しい顔でトマスが答えると、マリアベルがびっくりしたような顔をした。


「私のお祖父様なの? ではご挨拶しなくちゃ!」

「マリアベル、やめておけ!

トマスが慌てて止めたが、マリアベルはサロンから出て行ってしまった。

「お祖父様!」

トマスがマリアベルを追いかけてサロンから出た時、マリアベルはすでにエドワードに声をかけていた。


 予想通りエドワードはマリアベルを無視してエントランスへ向かう。


 マリアベルは人に無視されることなど今までなかったので、そのままエドワードを追いかける。


「待ってください。お祖父様、あなたの孫娘のマリアベルでございます」

 マリアベルは必死にエドワードに縋りつこうとする。

 それを従者が止めた。


「お祖父様! どうして無視なさるの?」

 マリアベルが悲しそうな声を上げる。


 そこへやっと追いついたトマスが、なおもエドワードに近付こうとするマリアベルを止める。


「やめないか、マリアベル」

「でも、どうして無視されるの? 私はお義姉様をいじめていないのに」

 泣きながらマリアベルが訴える。


 エドワードが鼻で笑う。


「驚いたな。その娘は自分の出自も知らないのか?」

 そこまでマリアベルのことを言われると、トマスも黙っていられなかった。


「お言葉ですが、ヴァルト伯爵。マリアベルはウェルストン家の正式な養女です」

「出自のわからぬ女の連れ子を養女にするとは呆れたな。ウェルストン家もずいぶんと品格をおとしたものだ」


 今まで泣いていたマリアベルが顔を上げて訴える。


「違います! 連れ子ではありません。私はお父様の血のつながった娘です!」

「やめろ! マリアベル」

 叫ぶトマスに、エドワードが侮蔑の視線を向ける。


「貴様、ジェシカと結婚する前から、あの女と関係を持っていたのか?」

「それは……」

 トマスが言葉に詰まる横で、マリアベルが口を開く。


「だから、私は正式なウェルストン侯爵家の娘なのです!」


 しかし、エドワードはマリアベルには目もくれず、トマスに話しかける。


「今まで貴様を、ジェシカをたぶらかした悪い男だと憎んでいた。だが、今初めて哀れな男だと思ったよ」

「それはどういう意味ですか?」


「トマス、貴様も同じくたぶらかされていたんだよ、あの女に」

 トマスは一瞬ぽかんとしたが、エドワードの言葉を正しく理解し顔が蒼白になる。


 マリアベルはその隙に口を開いた。

「お祖父さまは認めたくないのでしょうけれど、私はあなたの孫娘です。アリシアお義姉様と何のかわりもありません。どうかお義姉様と同じように私にも寛大に接してください!」


「何がお義姉様だ、猫をかぶりおって。お前はアリシアより年上だろうがっ! 二度と声をかけるな」


 吐き捨てるよう言うエドワードに、マリアベルは初めておじけづいた。


 エドワードは親子に侮蔑の視線を投げかけると、悠然とエントランスから出て行った。


 あとに残されたマリアベルはしくしくと涙を流し、トマスはぶるぶると震えている。


 そこへ遅れてデボラがやって来た。


「聞きしに勝るご老体ね。でも相手はたかが伯爵、今は侯爵のあなたの方がえらいのでしょ? 私を売女呼ばわりするなんて許せない! 仕返しして」

 デボラがそう喚いた瞬間、トマスがデボラを拳で殴った。


「うぎゃっ」という醜い悲鳴が上がる。

「貴様、私を騙したな! この娘は誰の子だ!」

 そう叫んでマリアベルを指さすトマスに、デボラとマリアベルは弾かれたように目を見開いた。


「何言っているの? お父様」

「そうよ、マリアベルはあなたの子よ」

 デボラもマリアベルも驚きの表情を浮かべている。


「そんなわけがないだろう?」

「いいえ、あなたの子よ! 酷いわ、トマス」

「しかし、お義父上がそう言っていた」

「そんなの嫌がらせに決まっているじゃない。目を覚ましてよ。トマス」


「そうよ。お父様。お母様を殴るなんてどうかしている」

 トマスは唸り声をあげると、泣きながら訴える母娘を残して、自室に戻っていった。


(ほんとにあの老いぼれが嘘を言っているのか? マリアベルは私の子なのか? それにアリシアより年上だと? そんなバカな! 他の者にも何度か似ていないと当てこすりを言われたが……わからない)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る