第51話 消えたアリシア ~ウェルストン家①
トマスはウェルストン家の二階にある執務室でイライラと歩き回っていた。
王妃エリザベートに命令されてすぐにトマスの息のかかった学園女子寮の寮監を呼び出して、指示を出しアリシアを退寮に追い込んだ。
寮監は金を出せばトマスのどんな指示にでも従った。
だが、三日たってもアリシアは家に戻ってこない。
寮監をせかそうと思っていた矢先に、学園からブライアンと名乗る男子生徒がやって来て、ようやくアリシアが行方不明になったことを知った。
またアリシアが祖父のエドワードを頼ったのかと思い、腹立たしくてたまらない。
とりあえずアリシアは体調がすぐれないと言ってトマスは男子生徒を無理やり追い返した。
だが、王妃に早急に普通科に戻すように言われているので、この件を放置しておくわけには行かず、エドワードのもとへ人を送った。
そして今、そのエドワードがかなり怒った様子で直接屋敷に乗り込んできて、サロンにいる。
トマスはそこへ向かわなければならない。
「くそっ、あの忌々しい老いぼれが! どうせアリシアを匿っているのだろう。アリシアも小賢しい真似をする。今度こそ許さん!」
トマスはのっそりと立ち上がり、階段を下りてサロンへと向かう。
するとドアの外から、エドワードとデボラのどなり声が聞こえてきた。
一足先にサロンに着いたデボラと、すでに喧嘩が始まっている。
トマスは何食わぬ顔で、サロンに入った。
「どうかされましたか? ヴォルト伯爵」
「貴様! よくもふざけた真似をしてくれたな。ウェルストン侯爵家の名に泥を塗りおって! 寮費滞納でアリシアが寮から追い出されただと? いったいどういうつもりだ」
エドワードは怒髪天の勢いだ。
「なんのお話かさっぱりわかりません。何かの手違いでしょう? それでアリシアを返してもらえませんか? 王妃陛下からのご命令で王宮に連れて行かなければならないのです」
澄ました顔でトマスは嘘をつく。
「アリシアを返せだと? このたわけが、この期に及んでとぼける気か! アリシアはうちには来ておらん。貴様が監禁しているのだろう!」
「は? あなたがアリシアを匿っているのでしょ?」
「なんだと? ……アリシアはここにはいないということか。貴様は、なんてことをしてくれたんだ」
エドワードは激しい怒りから覚めて、失望の表情に変わる。
「え? あなたのもとへ行っているんですよね?」
トマスの心臓が嫌な音を立てる。
次の瞬間エドワードが杖を振り上げ、床を強く打つ。
「まさかとは思うが、寮を追い出されたアリシアのために迎えの馬車もださなかったのか? アリシアは王太子の婚約者だぞ。何を心得違いをしているのだ! この件は国王陛下へ報告する。そして貴様をこの屋敷から叩き出してやるから覚悟しておけ!」
トマスは心底震え上がった。
この老人に、もうそのような力がないことはわかっているが、なんといっても前国王と学友である。トマスにとっていい結果にはならないだろう。
「お待ちください。これは王妃陛下のご指示です!」
トマスが慌てて口にするものの、エドワードは鼻で笑って従者を引き連れてサロンから出て行こうとする。
するとそれまで黙っていたデボラが口を開いた。
「ジョシュア殿下が気に入っているのはマリアベルです。殿下はアリシアを嫌っています。だから、ご老体のあなたが何を言っても無駄ですわ!」
トマスは、エドワードがデボラの言葉に激昂するかと慌てた。
だが、エドワードは侮蔑と憐憫のこもった目でデボラを見ただけだ。
「愚かな屑が」
「何ですって!」
デボラがエドワードにつかみかかろうとすると、エドワードの従者にしたたかに打ち据えられた。
それにはトマスもデボラも怒りをあらわにした。
「なんて横暴な! 訴えてやる!」
「許せないわ!」
エドワードは二人を見てせせら笑い、彼の従者は冷めた目で夫妻を眺めている。
「似たもの夫婦だな。貴様らがアリシアを虐待した証拠は握っている。アリシアがうちに来た時バーバラがいち早く気付き証拠を集めた。これを機に貴様らの蛮行を公にするつもりだ」
トマスは大きく目を見開いた。
そんな騒動の最中、おり悪くサロンにマリアベルが入って来た。
「お母様、お父様。いったい何の騒ぎです?」
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