第2話
「おい、アカツキ」
世界最後の魔術結社「黄金の夜明け団」の日本支部は皇居の地下にある。
四角くくり抜かれた広大な空間に、いくつもの太い柱が屹立しており、清潔で神殿のような趣となっている。また、人が住める程度にはインフラ基盤もしっかり整っている。
これは元々、世界最古の魔術結社「八咫烏」のものだったが、最後の一人が引退する際に「黄金の夜明け団」に譲ったことで、今は「黄金の夜明け団」の日本支部兼住居となった。
シシドが声をかけて来たのは、皇居の蓮池の中に隠された秘密の入り口を通って支部に入り、自分の部屋へと歩いている時だった。
僕は足を止めなかった。
仕事の後はいつもこうだ。要件は分かっている。
シシドもそれがいつものことだから苛立ってはいないようだった。
そもそも彼はあまり怒らない。というか怒らないようにしている。
がっちりとした筋肉質な体型で強面。金髪に染めた髪をオールバックにした彼は正しくライオンのようだ。
そんなんだから、シシドはただ5秒見つめただけで、団員の女性を半泣きにさせた伝説を持つ。
それ以来、彼は出来るだけ何事にも優しくあろうと心掛けているようなのだ。
しかしながら、黄金の夜明け団日本支部の長として言うことは言わないといけない、というジレンマはある。
その一つが、もはや恒例となっているこのやり取りなのだった。
「また自然死に近い殺し方をしたんだって?」
ほらきた。
「……うん」
「いつも言ってるだろう”魔術師らしい殺し方をしろ”と。
我々の殺しは”派手で、しかし謎に包まれている”ことが望ましい。
確実に他殺だが、その手口がどんな科学検証を以てしても分からない。
それが、依頼主の威容を高め、ひいては魔術師の地位も上げるんだ。
なのに脳出血などと。せめてもっと”不自然な死に方”にしろ。クラシックな手段ではあるが、人体発火などにするべきだ」
暗唱できるほど何度も聞いたセリフだ。耳にタコが出来る。
だから返すセリフも同じだ。
「……魔術師の本分は、殺し屋でも、見世物小屋のピエロでもない」
「またそれだ」
やれやれとシシドは首を振った。
いつもはここで引くのだが、今日はどうやら具合が違ったらしい。
「魔術師の始まりは、名もなき誰かが部族の狩りの成功を祈ったことだ。その誰かはシャーマンと呼ばれ、時代と共に呼び名も技術も変化し、魔術師と呼ばれるようになった。求められることを成したから、崇められ、繋ぎ、今ここに存在してるんだ。
だから求められる場所があるなら、そこで全力を尽くすべきなんだよ」
足を止めた。
「それは求められなくなったら死ねと言ってるのと同じだ。それに犬のようにしっぽを振って生きるなんて。
魔術師はそんなんじゃない。もっと崇高な高みを目指して日々研鑽する存在のはずだ」
「アカツキ……」
「―――シシドさん、そいつに何言っても無駄ですよ」
僕の言葉に困った顔をしたシシド。その後ろから凛とした高い声が響いた。
僕はそこでようやく、シシドの後ろに付き従っている女性がいたことに気が付いた。シシドが大きいので見えなかったのだ。
艶のある黒髪を高い位置のポニーテールでまとめ、糊のきいたワイシャツとスラックスに身を包んでいる。
彼女も魔術師のはずだが、その出で立ちはどちらかと言えば秘書のようだった。
けれど実際、彼女はシシドの秘書だ。ちなみに入団時にシシドに泣かされて以来彼に心酔して押しかけ女房ならぬ押しかけ秘書となったことは口が裂けても言えない公然の秘密だ。
「……居たのか。キノモト」
キノモトは僕の声掛けを無視してシシドに話しかける。
「コイツは組織の現状が見えてない。研鑽を積むには、それが出来る余裕のある基盤が必要だってことも分かってない」
「基盤基盤って。資金には余裕があるだろ。だったら成果を出さなきゃ。そうやって慎重になりすぎるから、一般人に言いように使われて僕たちは―――――」
「それに、コイツは魔術師らしい殺し方を”しない”んじゃない。”できない”んです。
なにせ、偉大な父親の魔術回路を引き継げる容量(さいのう)を持ってなかったんですから」
「―――……」
アカツキの言葉に僕は言いかけていた文句を飲み込んで肩を落とした。
そしてシシドとキノモトに背を向けて歩き出す。
「どこ行くんだ。アカツキ」
「……自分の部屋。今日の仕事はもう無いんだ。しばらく一人にしてくれ」
背後の気配でシシドがため息を落とし、キノモトが肩を竦めたのが分かった。
――――――――魔術回路とは、19世紀に栄華を誇った我らが「黄金の夜明け団」が提唱した魔術界最高の発明だ。
通常、魔術式を組み上げる際はイメージを一から作り上げる。まさに僕がやっていたように。
しかし、その場で複雑で精密なイメージを作るのは非常に集中力を要し、時間もかかった。
そこで、「黄金の夜明け団」はイギリスの数学者であるチャールズ・バベッジが当時取り組んでいた「解析機関(アナリティカル・エンジン)」に目を付けた。
この機構が画期的だったのは、記憶領域と演算領域が別々に組まれていたことである。
「黄金の夜明け団」はこれを元に、ある現象を起こす魔術イメージの大部分を、自らのエーテルにあらかじめ刻み付けておき、必要に応じて読み出し、細かい部分を少し変更するだけで容易に複雑な魔術の発動を可能にした。
つまり、自分のエーテルを記憶領域として使う方法を編み出したのである。
そして、この「エーテルに刻んだ可変の魔術式」を「魔術回路」と呼ぶ。
この魔術回路、魔術の常識を大きく変えてしまったので、魔術回路発明以降の魔術を「現代魔術」。発明以前の魔術を「古式魔術」と呼ぶ。
なお、この魔術回路を発明したのは、何を隠そう僕の曽祖父である。
さらに、魔術回路を発展させ、潰えていた「黄金の夜明け団」を再興させてその長となり、「現代最高の魔術師」と言われたのが僕の父だ。
そして、僕の犯した、誰から責められても文句の言えないほど明確な、タコ殴りにされても反撃すらしてはいけないような、現代魔術界最大ともいえる罪―――それは父の魔術回路を継げなかったこと。
魔術回路とはすなわちエーテルに記憶された「イメージ(データ)」であり、魔術の行使とは自分以外のエーテルに自分のイメージを上書きする行為であるから、その応用で、魔術回路もPCのドライブにあるデータをUSBに移すようにコピーが出来る。
けれども誰をコピー先に出来るわけではない。
規格が同じ存在、すなわち自分の子孫しか受け取り先には出来ないのである。
父は早くに死んだ母を愛していて、母は僕しか生まなかったから、偉大な父が作り上げた現代魔術界の宝ともいえる魔術回路の受け継ぎ先は当然に僕であった。
周りもそう思っていたし、僕も当然そうだと思っていた。父もきっとそうだと思っていただろう。
けれどもいざ、魔術回路を複製しようとしたとき、問題が分かった。
僕には魔術の才能があまりなく、魔術回路を受け取るだけのキャパシティを持たないということだった。
エーテルに記憶をする、というのは当然、記憶できる量には限界があるということを意味する。
僕の限界は父のそれより遥かに小さく、父の魔術回路の三パーセントも受け取れなかった。
これは後で聞いた話だが、僕は魔術回路を引き継げないと分かった瞬間、顔面蒼白になってその場に倒れたらしい。
父の後継者探しは、父が死ぬまで続いた。
しかし、見つからなかった。
父と同じエーテルの規格を持ち、魔術回路を全て受け取れるだけのキャパシティを持つ魔術師。
そんな魔術師がいるわけないのだ。何故なら彼は現代最高の魔術師なのだから。
いるとすれば、それは彼の複製のような存在。そう……正しく父の才能を受け継いだ息子。僕がそうでないのだから、もう希望は一粒もないのであった。
僕も周りも絶望していたが、父だけは穏やかに笑っていた。
父はいつもそうなのだ。
やること成すこと大胆で周りを驚かせるのに、本人はいつものほほんとした雰囲気を纏って楽しそうにしている。
父が苦しい表情をした瞬間を僕は見たことがない。
自分が築いたものが失われようとしている、こんなに絶望的な状況でも笑っているのだから、きっとこの先もこのままなのだろう。
僕の考えは的中して、父は穏やかに眠るように死んだ。朝食を作って起こしにいったら心臓が止まっていた。ついぞ最後まで父が泣いたり喚いたりするところを見たことはなかった。
―――その前日に、父が珍しく一緒に酒を飲もうと言うので縁側に座って月見酒をした。
ぼんやりと満月を見ながら一緒に酒を飲んでいると、思った以上にお酒が進んで結構酔った。
おぼろげな記憶だが、父も顔を赤くしていたような気がする。
そして、そんな中、父が僕に顔を向けて何かを言った。
―――その一言が、今も、ずっと思い出せないのだ。
魔術インフラ構築物語 どすこいおむすび君 @dosukoirice
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