9話 特別な人と過ごす曖昧な瞬間
付き合わないでも1週間に1,2回は会っていた。
「好き」
その気持ちがあったから、今を一緒に過ごしたいとお互い思っていた。
彼はいつも私にこう言ってくれていた。
「忙しいのに自分との時間を作ってくれてありがとう」って。
その言葉を聞くたび、どこか胸に違和感があった。
「なんで?私も一緒にいたいって思うから一緒にいるんだよ?こちらこそありがとうだよ。」と笑顔で真剣な表情でこう返していた。
彼はいつも少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべ、うなずいてくれた。その表情が可愛くて、いつも心が温かくなった。
彼とは「付き合わない」と伝えた日から3週間後くらいのある日。
彼から電話がかかってきた。
「今日ラーメンを夜友達たちと食べに行くんだけど、もしよかったら来ない?」
「うん!行くー!」
電話越しに聞こえる彼の少し緩んだ声が嬉しくて、彼に会えるのが待ち遠しかった。
その夜、少し遅れてお店に着くと、空いていた彼の正面の席に座った。
久しぶりに会う彼の顔を見ると、自然と笑みがこぼれた。彼も目尻を下げて微笑み返してくれた。
ちょうど1週間会えていなかったから嬉しかった。
彼は豚骨ラーメンを頼んでいて私はつけ麺を注文した。
少し食べたいなぁという表情に彼が気付いてくれたんだろう。彼が「いる?」と
渡してくれた。
食事が終わり、お会計の時。
彼が自然な仕草で店員さんにこう言った。
「2人分、お願いします。」
「いいよ、自分の分は払うよ」と言う私に、彼は周りを気にすることなくまっすぐな瞳で答えた。
"I don’t pay for my friend, but I pay for someone special."
「友達には払わない。でも、大切な人のは払いたい」
みんなの前で堂々と「特別」と言ってくれる彼が少し恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。
その後、私と彼、友達数人でクラブに行くことになった。最初は5人で踊っていた。
途中で彼がトイレに行ったタイミングで、共通のゲイの友達が私の手を引き、「踊ろう!」と誘ってくれた。
その友達とはお互い気を許している関係だったので、自然と笑顔で一緒に踊った。
彼が戻ってくると、違う友達が「いいの?友達と踊ってるよ?」と笑って言っていた。
彼は少しムスっとした顔で私が踊っていた友達の手を取って踊り始め、次の瞬間、彼の手が私の手を引いた。
「もう!」という感じで拗ねたような笑顔を浮かべながら、彼が私と踊り始める。
「なんで??彼はゲイだよ?大好きな友達だよ?」と伝えた。
思わず笑ってしまった。
彼が可愛かった。
踊り疲れて座っていると、彼が私にそっとキスをしてきた。
私も彼に応えた。
友達がそれを見て、冷やかしの声を上げた。
すると、彼が少し照れながらも自信を持ってこう言った。
"She is my girlfriend."
「彼女は俺の彼女だ」
嬉しかった。
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
彼が友達に私を「girlfriend」と紹介してくれたことが、ただただ嬉しかった。
でも、同時に自分が決めた「付き合わない」という選択がよぎった。
彼が私の気持ちを尊重してくれているのに、私自身がどう友達に説明するべきか迷っていた自分が少し悲しかった。
彼のその一言で、少し気持ちが軽くなった。
たとえ将来が見なくても、今の感情に正直でいようと思った。
やっと心から好きになった人だから、素直にこの瞬間を大切にしようと。
「付き合わない」と話し合った3週間後に
私たちは「付き合う」ことを決めた。
彼の優しさやまっすぐな気持ちが、私の心をそっと温めてくれたから。
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