第11話 コサックの宣戦布告(2)
ラットリーが王都ラプナールへ帰還したのは、普段なら王宮で華やかな晩餐会が開かれている時刻。だがこの時は、いつもとは様子が違っていた。
「おおラットリーよ。よく戻った。話は後じゃ。すぐに正装に着替えて謁見の間へ行け」
「何があったのですか? 父上」
父であり宰相でもあるジラユートは、娘が王宮に戻るとすぐに重要な会見に列席するようにという国王からの下命を伝えた。
「一大事じゃ。つい先程、ゾフカール帝国から正式な使者が参った」
「ゾフカールから……?」
ルワンとの食事の席でも話題に上っていた、北の国境地帯でナピシム軍と睨み合いを続けているゾフカール帝国軍のコサックが使者としてこの王宮へやって来たのだという。悪い予感がして、ラットリーは緊張に身を強張らせた。
「皇帝からの国書を携えて来ておるとのことじゃ。内容は大方、読まずとも想像はつくが……万が一の時に備え、ゼノクとなれるそなたが陛下をお守りせねばならぬ」
「承知しました。では」
ナピシムの貴族や騎士の中でただ一人、ゼノクに変身できるラットリーは国王にとっては最強の護衛でもある。高速飛行の疲れで緩みかけていた表情を引き締め、彼女は着替えのために部屋へ急いだ。
使者として王宮を訪れたのは、雪のように白い肌を持つ、どこか不思議な空気をまとった銀髪の少女だった。
「コサックの首長エフゲーニヤ・フョードロワ、偉大なるゾフカール皇帝ディミタール七世陛下より、貴国へのご挨拶をお伝えしに参りました」
煌びやかな玉座にどっしりと座す国王メクスワン六世の姿を見上げても、黒いドレスを着た華奢な体格のその少女――エフゲーニヤ・フョードロワは臆する素振りも見せない。耳に心地良いソプラノの声で紡がれる言葉自体は丁重だが、挨拶に来たと称しつつ相手国の王に対して一礼すらしようとせず、胸を張るように背筋をぴんと伸ばして立っているその態度はまさしく慇懃無礼の見本のようであった。
「我がゾフカールは既にこの大陸の北部の雪原地帯、そして中部の草原地帯の大半を手中に収めており、今やバヤーグ族を始めとする多くの部族が私たちに忠誠を誓っております。それで我が国としては、この大陸の南端に位置するあなた方ナピシムとも同じように友好的な関係を結びたいと考え、皇帝陛下からの親書をここにお持ちいたしました」
「ほう。友好関係とな」
家臣がエフゲーニヤから国書を受け取り、丁重な所作で王の元へと運んでゆく。受け取った書状を開いて読み始めたメクスワンは、その予想通りの文面に思わず苦笑を漏らした。
「……つまり、余に降伏せよと申したい訳か」
王の声は穏やかだが、その内心には面と向かって誇りを傷つけられた怒りが沸々と煮えたぎっている。並み居るナピシムの貴族たちが青ざめながら見守る緊迫感の中、エフゲーニヤは臆する素振りもなくにこりと微笑んでメクスワンの言葉を首肯した。
「我がゾフカールは数十の王国や公国、また大小様々な民族や部族を内部に抱え、その全ての頂点に皇帝陛下が君臨しておられる帝国という政体を採っております。陛下はこのナピシムを、それら傘下の諸国と同じように栄光ある我らが帝国の一員として迎えたいと仰せになりました」
「要は属国になれと申すのじゃな。威勢の良いことよ。ところで……」
不意に話を逸らすように、メクスワンは気になっていたことを自分の娘ほどの年頃に見える使者に訊ねた。
「そなた、コサックの首長と申したな。随分お若く見えるが、歳はいくつじゃ」
「十七歳にございます」
自分と同い年かと、帯剣して国王の傍に護衛として控えていたラットリーが意味深なものを感じてごくりと唾を呑む。王は小さく唸ったままそれ以上はその話題に深入りしようとせず、突きつけられた要求への返答を口にした。
「せっかくの申し出だが、余はゾフカールの皇帝とやらに頭を下げるつもりはない。古来、我がナピシムは神トゥリエルのご加護を受けた栄えある王国。ゾフカールであろうとどこであろうと、他国の支配に甘んじる
「それは残念なこと……帝国への臣従を拒むならば、私たちは速やかに武力をもって貴国を制圧させていただくことになりますが、それでもよろしいですか?」
「面白い。やれるものならやってみよと、皇帝殿に伝えられよ」
「遠い帝都におられる陛下にお伝えするまでもなく、私は貴国との交渉に関して軍事力の行使も含めた全権を陛下から委任されておりますので……私の指令によって、私たちコサックを主力とする帝国軍は直ちにあなた方を殲滅するため動き出すことになるでしょう」
そう言って氷のような冷たい笑顔を見せたエフゲーニヤに、メクスワンは玉座の上から傲然とうなずいて宣戦布告を受けて立つ。皆が緊張感に圧されて息を呑みつつ見守る中、ゾフカールの使者とナピシム国王との会見はこうして終了した。
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