第7話 魔の眷属(3)
「助けて下さり、ありがとうございました。おサムライさん!」
「本当にありがとうございました。もう何とお礼を申し上げて良いか……」
違法な奴隷貿易をしていた宣教師と商人たちを縛り上げてナピシムの役人に突き出した藤真たちは、彼らに拉致されていた少女を無事救出して家まで送り届けた。
「船が出港してしまう前に助け出せて本当に良かった。ケガもなくて何よりでござる」
サムライの活躍を聞きつけて集まった近所の住民たちから喝采を浴びながら、少女らの元を立ち去った藤真たちは人気のない場所までやって来てしばし休息を取ることにした。
「しかしひでえ話だな。あの娘の両親はすぐに役人に通報したが、何だかんだと理屈をこねて全然動こうとしてくれなかったらしいぜ。腐ってやがる」
夏の強い陽射しを避けて木陰で涼みながら、ぼやくように景佑が言う。本来、ナピシムの民を守るのはこの国の支配者たちがすべき仕事だが、今回のように相手が西洋人となると彼らは弱腰で、民衆が助けを求めても何もせず手をこまねいていることが多い。
「奴隷貿易は協定違反とは申せ、下手に文句をつけてジョレンティアと揉め事を起こせば厄介な外交問題になりかねぬ。事なかれ主義の役人としてはそれが怖いのだろう」
圧倒的な武力を背景に世界各地に植民地を広げているアレクジェリア大陸の列強諸国に対しては、軍事力で劣るナピシムは今回のような事件があっても迂闊に物申すことはできず、現場の役人や憲兵たちもとにかく事を荒立てないようにしているのが実情だった。奴隷商や宣教師らもそれを分かっているからこそ、取り締まりを恐れず好き勝手なことができているのだ。そんなよく知られた裏事情を藤真が改めて指摘すると、景佑はそれでも納得しかねる様子で顔をしかめた。
「どうもナピシム人ってのはのんびり屋と言うか、気が弱いと言うか、いい加減な奴ばかりでダメだ。俺たち瑞那の武士のような覇気や負けん気がない。もういっそ、俺たちが上に立って仕切った方がもっとマシな国になるんじゃねえか?」
「我らのような血生臭い戦闘民族に支配されたのでは、温厚で平和的なこの国の人々はたまったものではないだろうよ」
冗談混じりに反駁しながら、藤真は遠くの青い海を眺めて南国の空気を味わうかのように深呼吸する。いつも穏やかで争いを好まず、明るい笑顔を絶やさないナピシム人の穏和な民族性は藤真としてはむしろ好感の持てるところで、決して欠点などではないと思うし、自分たち瑞那のサムライのように殺伐とした乱世に慣れ親しんでほしいとも思わない。
「それに、我らサムライはあくまでもよそ者にござる。いくら強かろうが数が多かろうが、この国の主役になるべき立場ではござらん。ナピシムの支配層が惰弱なのは確かにどうかと思うが、我らがこちらの価値観でそれを正そうとするのは余計なお節介という奴でござろう」
豊かな繁栄を続けるこの国にも課題や問題は色々あるが、それはナピシムの人々自身が解決すべきものであってサムライはただ外国人傭兵として雇われ仕事に徹すべき身分でしかない。異国から押しかけて来た移民が武力を振りかざして移住先の政治や社会のあり方にまで干渉するようになれば、それはその国にとっては迷惑な話であり憂うべき事態だろうと藤真は思うのだ。
「相変わらず無欲なもんだな。傭兵として報酬さえしっかり貰えてりゃ不満はねえってか?」
「そのような考えとも違うがな。とにかく金が目当てで戦っている訳ではござらぬ。むしろ拙者は、この国の人々が幸せに暮らしているのを傍で静かに見守っていたいだけ、とでも申せば良いのか……」
藤真とて長く住んできたこの国には愛着があるし、決して金銭欲が強い性格でもない。むしろこの国を愛するからこそ、藤真は自分たちが力任せにこの美しい箱庭を蹂躙して好き勝手に弄り回すような真似は避けたかった。綺麗な花畑は下手に草を刈って整えようとするよりも、そのまま手を出さずに眺めていた方がずっといい。前に藤真はそんな例えを用いて話したことがあったが、何かと仕切りたがり屋で他国の内情にも鋭い関心を寄せる景佑に自分なりの距離の取り方を上手く説明できたとは言い難い。
「あれだろ? お前が国王陛下からお世話を任されてる王子様。あの御仁が健気で可愛くてお支えしたくてしょうがねえとか、そんな感じなんだろ」
「まあな。陛下からルワン殿下の修業の指南役を任されたのは拙者にとっては栄誉なことにござる。あのお方、亡くなられた昔の主君にどこか似ていらしてな」
出家したルワン王子が籠もっているデーンダー僧院は、この町のすぐ傍にそびえるヴィルット山の山林の中にある。そのルワンの護衛をしながら武術を教える役目を藤真は父王のメクスワン六世から与えられており、今日もこれから大急ぎで山へ戻って特訓の相手と夕食の用意をする手筈なのだ。
「あの山におられるのか。ルワン王子は」
町並みの向こうに見える高く険しい山を見つめて景佑が訊ねると、藤真はうなずいた。
「ああ。あの山の中腹の辺りにある古い寺院に入っておられる。物静かなご性格ゆえ軟弱者などと陰口を叩く奴もいるが、なかなか修業熱心で根気のあるお方でござるよ。普通の子供よりは幾分遅いかも知れんが、十分な時間さえあればきっと立派にご成長なされて大物になられるだろうな」
子供の頃に火事で障害を負い、記憶喪失にまでなってしまったルワンはそれまでに習得した知識や技能のほとんどを失い、人生をまた一からやり直さなければならなくなったためその成長度合いは同じ十四歳の他の少年たちと比べると遥かに遅れている。ただ藤真の見たところ元々ルワンは大器晩成型の人物であり、今は周囲のことは気にせずじっくり着実に育っていってほしいと願うばかりだった。
「時間さえあれば……か。そいつは面白い」
不意に景佑がそう言ってからかうように笑ったので、藤真は不快感を覚えて彼を睨み、語気を強めて問い質す。
「面白いとはいかなる意味だ? ルワン殿下に無礼は許さぬぞ」
「いやいや、ただ興味深いなと思っただけさ」
元より意地悪で毒舌家な景佑の細かい言い回しをいちいち気にしていては身が持たないのも確かである。疲れたように大きく嘆息して休憩を切り上げた藤真は木陰から出ると、仲間たちと別れて若い主君が待つヴィルット山へと向かったのであった。
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