4.聴取

あれっ。

「近藤と土方っちゃ」

土方刑事が、才谷刑事に云った。


龍河大学近辺で、一番近い喫茶「おりょう」で、近藤刑事を見付けた。


学生風の男女二人を前にしている。

近藤刑事は、土方刑事と一緒に聴取しているようだ。


近藤刑事と土方刑事は、龍河大学生板井洋太殺人事件を担当している。

男女二人は、一緒によく山歩きをしていた二人だろう。


だから、男性の方は、確か樋田で、女性は西原だったと思う。

ただ、事件の初期段階で、何度も聴取している。


当初は、板井、樋田の西原さんを巡る、三角関係の縺れ、という見方も視野に入っていた。

しかし、板井には、当時から付き合っている女性がいた。

西原さん。ではなかった。


早い段階で、三角関係の縺れの線は消えた。

それで、板井とトラブルになって居いた人物の有無を確信していた。


しかし、犯人に結び付く情報は無かった筈だ。

それなのに、また、聴取しているのか。


あっ。

そうだ。


殺された板井は、確か、龍河大学、学術探検部員だった。

今回の事件も被害者は、龍河大学探検部員だ。


被害者は、沢井駿斗。龍河大学の四年生。

被害者と云うのは、事故ではなく、事件と云う事だ。


鑑識課の報告では、頭部の打撲傷が致命傷だ。

龍河洞内は、特に、西洞の奥には、数え切れない鍾乳石が立っている。

だから、何等かの理由で、頭を鍾乳石にぶつけたのかもしれない。


しかし、それなら、その場所に倒れていただろう。

大人数で捜索したにも拘らず、当時、発見には到らなかった。

誰かが、意図的に、沢井駿斗の遺体を隠した。と考えられる。


勿論。

沢井が、昔から伝わる湖水を西洞で発見した。

その湖岸で、鍾乳石に頭を打ち付けて死亡し、湖水へ落ちた。

そして、湖水から、硯川へ流れ着いた。

とも考えられる。


しかし、あれだけ捜索を実施している。

湖水も沢井も発見されなかった。


だから、捜査本部は、こう考えている。

沢井は、本人の意思、若しくは、何者かの思惑に従い、洞から出た。


そして、洞から、本人の意思で出たのなら、身を隠した。

何者かの思惑に従ったのなら、拉致された。


いすれにしても、沢井は、鑑識結果によると、行方不明になって、間もなく死亡している。


沢井本人の意思で、洞から出たのなら、自殺、事故の可能性もある。

しかし、水死の可能性が無い。との鑑識結果だから、川に身を投げた訳ではない。


死因は、脳挫傷だ。

他に外傷は無い。

硯川上流の谷から投身、あるいは転落死した可能性は低い。


谷から落ちたとすると、谷の傾斜から、頭部以外にも、打撲痕がある筈だ。

だが、頭部以外に、外傷が無い。

だから、誰かに、突き落とされた訳でもない。


おそらく、犯人は、勿論、犯人が居るとすればだが、顔見知りだ。

それも、親しい関係だ。


仮に、沢井本人の意思で、洞を出たとすると、誰かに連絡しなければ、居所が分からない。

誰かの思惑だとすると、殺されるかもしれない相手と一緒には、洞を出ないだろう。


それにしても、殺人動機が分からない。

何故、沢井が殺害されたのか。

だから、沢井の交友関係をもう一度、確認する必要がある。


それで、才谷刑事は、中岡刑事と聞込みに回っている。


才谷刑事と中岡刑事は、喫茶「おりょう」で待ち合わせしている。

龍河大学三年生、学術探検部員の峰岡聡志だ。

峰岡は、龍河洞学術調査に参加している。

亡くなった沢井とは、別の班だった。


本来は、近藤刑事と土方刑事の担当している事件の、板井が参加する予定だった。

板井が殺害されて、峰岡が参加する事になった。


そうだ。

板井に付いても、殺害動機が分からない。

関係者からの聴取では、トラブルは無かった。


現場で突発的なトラブルに、巻き込まれて殺害された。との見方になる。

現場近くに、防犯カメラは無い。


硯山を下った登山口には、いくつかの防犯カメラ等がある。

また、登山口の前の県道にも防犯カメラ等がある。

別の捜査員が、防犯カメラ等の確認をしている。

該当する人数は、板井本人以外に、二十六人だった。

勿論、板井もカメラに捉えられている。


該当する二十六人の内、二十二名は、下山している。

大抵、一人か、二、三人のグループだ。


残りの四人は、下山していない。

内、二人は、一緒に歩いて登山口まで来ている。

後の二人は、別々に歩いて登山口まで来ていた。


勿論、硯山の険しい北側へ、山道を降りると防犯カメラ等は無い。

だから、下山したのかどうかは、分からない。

という事は、犯人が、硯山の北側から登って、北側へ降りたとすると、もう、お手上げだ。


ただ、一点。

青いリュックだ。

板井は、普段、濃緑のリュックを使用していた。

事件後、両親に確認しても、青いリュックは、記憶に無いと云う。

しかも、普段、使用している濃緑のリュックは、自宅に無かった。


それでは、その濃緑のリュックは、どこへ失せたのか。

普段、使用していた事を知らなかったのかもしれない。

だとしたら、板井と面識の無い者とも考えられる。


板井は、市内の「池田屋スポーツ店」で装備を購入している。

それで、板井の遺体が所持していた、青いリュックを最近購入したものが居ないか確認した。

すると、スポーツ店の店主は、居ないと云う事だ。

他のスポーツ店で、購入した物だ。


店主は、板井の事をよく知っている。

いつも、濃緑リュックを購入していた。と云う事だ。

ただ、リュックに拘らず、装備の殆んどを濃緑色で、揃えていたようだ。


板井の事件の犯人は、板井を良く知っている者ではないようだ。

しかし、沢井の事件の犯人は、沢井をよく知っている者のようだ。


もしかすると、板井の事件と沢井の事件は、繋がっているのかもしれない。と思った事を取り消した。

しかし、板井とは、接点が無く、沢井とは、接点のある人物。かもしれない。


もう、何度目の峰岡の聴取だろう。

中岡刑事が、近藤刑事に挨拶した。

何やら、才谷刑事に目配せした。


近藤刑事、土方刑事にしても、何度も、あの男女の学生に、聴取を実施している。

つまり、まだ、何も新しい情報を得られていない。という事だ。


店のドアが開いた。

峰岡が入って来た。

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