3.作戦

ええっ。

驚いた。


まさか、そんな陰謀が、深く静かに潜航していたとは。

迂闊だった。


何とか突破口を見付けて、反撃を試みた。

しかし、最後の砦も厳重に、敵陣に包囲されていた。


しかも、退き口は、塞がれている。

既に、勝敗は決まっていた。

討死を覚悟で、討って出るか。

城を枕に籠城するか。


うむぅ!

弘は、無念の唸り声を上げ、開城して降伏した。


「何でもするゾウ」の寺井社長には、調略の交渉が成功していた。

「何でもするゾウ」とは、寺井社長が経営する社名で、何でも屋の事業だ。


十月、十一月は、さほど忙しくない。

一月も、弘が居なくても大丈夫だ。

しかし、十二月の大掃除の時期は、忙しい。

猫の手も借りたい時期だ。

「何でもするゾウ」としては、弘を「何でもするゾウ」から「アックス龍河店」へ派遣する契約をしていた。


弘の代わりに、アックスから入金される弘の派遣料でアルバイトを雇うそうだ。


すぐ、寺井社長に確認した。

どうやら、弘は、清掃作業を戦力外になったらしい。

それは、いくら何でも、酷くないかと苦情を云った。


すると、はっきり、役立たずだ。と云われた。

弘の名誉のために云っておくが、事務作業の実務は完璧に熟している。


弘は、景子なら、何とか打開策を捻り出すと思っていた。

早速、景子に相談した。


妻の景子に対しては、店長が、既に謀略を仕掛けていた。

店長は、こんな事だけ仕事が早い。


アックスポイントカードへ、十月から翌年一月まで、毎月、弁当代を入金する。と、云って交渉したらしい。


そこで、景子は、更に交渉した。

厚かましい。


娘の千景が、十二月の下旬に帰省する。

普段は、弘が食事の仕度を担当している。景子は、仕事があるので、食事の準備が出来ない。


弘が居なくなると、誰が、千景の食事の準備をするのか。

千景自身で、仕度すれば済む事なのだが。


だから、年末年始は、弘を返してくれ。と云ったそうだ。


アックスとしては、年末年始が、最も忙しい。

店長は、それは出来ない。と云ったそうだ。

景子は、それでは弘の龍河店勤務を断る。と云った。


すると、ポイントカードに娘さんの弁当代も入金する。と、店長が折れた。

店長は、この十二月に龍河店へ着任予定だ。

今は、慌ただしく、異動して来る新店長への引き継ぎ準備をしている。


そして、龍河店にも、年末までには、社長が臨店する。

それまでには、龍河店の運営を円滑にしておく必要がある。

弘から、夜間の状況を確認している。

だから、店長は、夜間の状態を何とかしたいと思った。


そして、弘のアックス龍河店へ、応援勤務が決定した。

弘には、何の相談も無かった。


しかし、考えてみれば、それだけ、店長から信頼されていると云う事だ。

と弘は、自身を慰めた。


しかし、一方で、アックス石木店には、弘が必要無い。と云う事かもしれない。と不安にもなった。

弘は、信頼されているのか、店長に確かめた。


店長は、不意を突かれたように驚いた表情だ。

弘は、そんな表情を期待していなかった。

しかも、その時、店長から、何の言い訳も無かった。


弘の異動準備と千景の帰寮時期と重なった。

アックスが、店舗近くに社宅を準備してくれている。

家具、電気備品はすべて備え付けられている。

つまり、持ち込む物は、衣類くらいだ。

それなのに、何故か、随分と慌ただしかった。


そうして、弘は、今、アックス龍河店へ勤務している。


確かに、夜間勤務のアルバイト募集をしているが、応募が無い。

辛うじて、四人は確保しているが、不慣れだ。


作業を教える時間も少ない。

だから、作業も捗らない。


正社員の夜間主任が、疲弊しきっている。

平日は、まだ何とか持ち堪えている。

しかし、土曜、日曜日は、どうにもならない。

下手をすると、五時から八時まで、夜間主任と弘の二人になってしまう。


だから、その日は、チェッカーに、早朝勤務を依頼している。

日勤は、当然だが、各部門毎に作業が分かれている。


しかし、夜勤は、ドライとチェッカーの両方が守備範囲だ。

つまり、食品、菓子、飲料、乳製品、日配品、雑貨の品出しと、レジだ。

元々、夜間は客数が少ない。

だから、八時までに、島やエンドを含めて、売場の立ち上げが、職務になっている。


ただ、夜勤の人員が不足している。

夜勤には、の守備時間の「作業割当表」と云うのがある。

商品の種類と数量を標準的品出し時間を設定している。

当日、夜間出勤する全員のタイムスケジュールが記載されている。

出勤するアルバイト店員に、商品分類毎の品出しを割当ている。

そして、夜間勤務全体の計画率が、計算される。

勿論、百パーセントになっていれば、突発事態が発生しない限り、作業が全て完了する。

筈だ。


実際は、他に細々と作業がある。

それは、後々説明しましょう。


えっ。

もう、説明は要らない?

残念。


それで、龍河店の夜間の計画率は、ほぼ六十パーセント前後だ。

売場の立ち上げは、不可能だ。

ただ、ベテランのアルバイトが居れば、効率的に作業を熟し、出来るのだが。


昼間のドライやチェッカー、生鮮、惣菜部門は、何とか人員は揃ったらしい。

昼間に入荷した商品が、夜間まで売場に放置される事は、無くなっている。


弘は閃いた。

日勤のアルバイトを夜間にスカウトしよう。

日勤のアルバイトは、今でも何人か応募があるようだ。

一人、二人抜けても、人員の補充は大丈夫だろう。


一人、土曜、日曜日に日勤しているアルバイトの男が居る。

平日は、来ていない。

確か、九時から十七時までの八時間拘束の七時間勤務だったと思う。


弘は、八時までの勤務だ。

退勤打刻後、いつも喫煙室で一服してから帰宅する。

弘が夜間勤務に誘おうと思っている、バイトの男とは、何度か喫煙室で会っている。


弘は、その男と、何度か無駄話しをした事がある。

龍河大学の、三年生だったと思う。

名札には、峰岡とあった。


身体は頑丈そうだ。

一度、島に飲料を補充しているのを見掛けた。

二リットル六本入の飲料箱を手際良く陳列していた。

日勤は、陣容が整って、作業指導も徹底されている。

だから、夜勤になっても、即戦力だ。


それに、何と云っても龍河大学だ。

弘は、硯川で遺体を発見してしまった。

遺体は、龍河大学の学生だった。

もしかすると、知っているかもしれない。

大学内で、何か情報があるかもしれない。

いや、噂だけでもいい。


今日は、日曜日。

峰岡は、十時に出勤する筈だ。

後、一時間。

峰岡を待つ事にした。


ただ、夜勤の強みは、時給だけだ。

日勤よりも二割程高い。

コンビニよりも時給は高い。


それでも、アルバイトの応募が無い。

何故だか分からない。


しかし、夜間に働くのが、嫌なだけなら、勝算は無い。

だが、弘には、作戦があった。

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