朴落葉の杣道

真島 タカシ

序章

「あん時も、そやったにゃ」

山田秀保は、思い出していた。


もう城は落ちる。

山田城主、山田秀成は、安芸国虎に味方していた。


安芸国虎は、長年、長宗我部元親と対立している。

八流の戦いだ。

国虎方の形勢は厳しい。

もう、既に戦場を後にして逃げる者がいた。

敗走に継ぐ敗走で、安芸方は散り散りになった。

それでも、国虎は安芸城に戻り城に籠もった。


秀成も逃げた。

秀成は山田城に籠もった。

山田城は硯山の中腹に立っている。


しかし、山田城も三方を長宗我部の軍勢に取り囲まれてしまった。

一族郎党、皆、籠城を覚悟した。


だが、秀成は秀保に落ち延びるように命じた。

秀保は、秀成の三男だ。

秀成は、秀保に託したのだ。

秀保は、長宗我部打倒を誓ったのだった。


落ち延びるのであれば、城の北方から山を越えて抜けるしかない。

愚図愚図していれは、硯山の山頂まで敵に陣取られる。


山頂から攻められると、一溜りもない。

秀保は北口から山田城を抜けた。


獣道を踏み越え、硯山の西面に回る途中、長宗我部方の追手を見掛けた。

追手は四人。


追手の話しから、八流の戦いの次第が、朧げに分かった。

安芸城が落ちたようだ。

国虎は、城兵の助命を請い自害した。


山田城も落ちた。

城兵の助命と交換に、父、秀成と兄二人も城で自害したようだ。


だが、長宗我部方は、秀保が城から落ち延びた事を知った。

それで、追手が秀保を討ち取って手柄を競っているようだ。


ただ、秀保の従者は、硯山を熟知している。

従者は硯川信吉郎と云う。

元々は、近くの集落の百姓の子だ。

「しんきち」と呼ばれていた。


安芸国虎が、長宗我部の岡豊城を攻めた時だ。

山田一族も国虎に従った。

だが、戦況が険しくなり、山田城を目指して逃げた。


途中、硯川付近で、長宗我部勢に囲まれてしまった。

味方は四名に対して、敵方は十二人。

勝目がない。

徐々に、長宗我部方の囲みが狭まった。

今にも、斬り掛かりそうだ。

秀保も覚悟を決めて、刀を構えた。


間合いが合った。

長宗我部方の一人が、刀を振り翳し、斬り掛かろうと、一歩踏み出した。

刹那。

刀を振り翳した侍が、前のめりに倒れた。


獣だ。

大きな男鹿だ。

男鹿が、秀保の正面の侍を蹴り倒したのだ。

男鹿が、秀保の目の前で向きを変え、左方向へ逸れた。

追手は堪らず、後退り。

そこへ、若者が、突然、秀保の従者に走り寄った。

男が、左手の川辺に誘った。

追手も、隊を立て直し、追い迫った。


川の土手は、細く切り立っている。

だから、一人ずつしか通れない。


秀保が振り返った。

従者二人の後に、あの若者がいる。

その、一番後で、先程の男鹿が、追手に向かって威嚇している。

それで、秀保と従者は、若者と共に首尾よく逃げ遂せた。


若者は、猟で鹿を追っていた。

窪地に男鹿を追い詰めた。

後は、窪地から仕掛けの方へ、追い出すだけだった。

その時、突然、長宗我部方の怒号が響いた。

男鹿が仕掛けと反対側へ逃げた。

若者も驚いた。

しかし、諦めきれない。

男鹿を追っ行った。


ふと木陰から見ると、侍が取り囲まれている。

山田の若様だ。

咄嗟に助けようと、男鹿をけしかけた。

若者の目論見通り、男鹿が跳ねた。


秀保は、若者に尋ねた。

それにしても、あの鹿は、どうして味方したのか。


若者が羽織っていた布を見せた。

鹿は、赤い布を避けるのだと応えた。

本当かどうかは、分からなかった。

しかし、実際に鹿は敵方に向かった。


秀保は、獲物を逃がしてしまった若者を召し抱えた。

以来、硯川信吉郎は、秀保に仕えている。


そして、また今回の敗走だ。

物音を立てないように、息を潜めてやり過ごした。

追手は、更に西へ向かって遠ざかった。

急峻な山を下り、やっと、逆川へ辿り着いた。

逆川と云っても、川ではない。

山田の逆川と云う土地だ。


逆川の外れに白岩と云う丘がある。

白岩と呼ばれているのは、文字通り大きな白い石灰の岩が連なっている。


その白岩を北へ登ると、洞がある。

その洞で、追手が居なくなるまで、暫く居る事にした。


昔、配流になった上皇が、駕籠に乗って入洞した。

すると、光輝く蛇が現れ、洞を案内したと伝えられている。

その蛇は、龍の化身と思われた。

龍が上皇の乗った駕籠を案内した。

それで、龍駕の洞と呼ばれている。


四日目に、食糧か尽きた。

まだ、近くに追手の気配がある。

この龍駕の洞にも、一度、追手がやって来た。

一度、洞まで探しに来たが、奥の湖水にいたので、見付からなかった。

食糧を求めて、硯川へ向かった。

下流には、まだ追手が居るようだ。

二人は上流へ向かった。


川面が波打っている。

川岸に立って見ると、何かが沢山蠢いている。

うなぎだ。

ただ、うなぎは龍神様の使いだとの言伝えがある。

食べると祟があると云う。


しかし、食糧が無い。

信吉郎は、川岸に這って延びた蔓を掻き出し網を編んだ。


迷信だ。

と云って、信吉郎が川に入った。


信吉郎が素手で、うなぎを掴み、岸へ放り投げる。

秀保は、うなぎを網袋に六匹入れた。

網袋が一杯になった。

まだ、うなぎは川岸の草叢に、何匹も畝っている。

秀保は、信吉郎に声を掛けた。

一旦、洞に戻る事にした。


信吉郎は、朽ちかけた枝を抱えていた。

洞の奥の湖水岸に戻ると、信吉郎が石のへこみに枝を組んで火を起こした。


信吉郎が、うなぎを小刀で、器用に捌く。

残っていた味噌󠄀を塗り、小枝を刺して焼いた。

三匹ずつ食べた。


まだ食べ足りない。

岸に、うなぎはまだ残っている。

信吉郎が蔓の網袋を持って、川岸へ向かった。


だが、信吉郎が追手に見付かってしまった。

信吉郎が、川に飛び込んた。

秀保は茂みに隠れた。

追手は六人居る。


追手が、信吉郎の飛び込んだ辺りを見ている。

川を覗いて二人が、川へ飛び込んだ。


秀保は、じっと身を潜めている。

暫くすると、追手の二人が川に浮かび上がった。

見付からなかったようだ。


信吉郎が川に飛び込んで、すぐだったが、見付からない。

追手の二人は、川を下流へ歩いて行った。

まだ探しているようだ。


秀保は、焦った。

信吉郎はどうなったのか。

何としても生き延びてくれ。

秀保は祈る。


信吉郎を一刻も早く探さなければ。

しかし、追手がまだ、その辺りに居る。

一先ず、洞で退避するしかない。


秀保は、追手が居なくなってから、信吉郎を探す事にした。

洞の湖水に戻った。


秀保は、湖岸に座ろうとした。

突然。

西洞に通じる湖面が泡立った。


何だ?

龍か!

龍が暴れているのか。

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