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八田部壱乃介
第1話 人型AI『ドッペル』とは?
「人間がAIと共存することで、両者の性質は近付いていく──これが君の考えだね?」
そう訊かれて、
名前は
AI社会を築いた彼女の名を知らぬ者は、この世界には居ないだろう。彼女自身、
今や人間は、
彼らAIにストレスというものはない。或いは、外部からの肉体的干渉は一切受け付けない、とでも言うべきか。それもそのはず、彼らドッペルに肉体はないのだから、影響はないのである。
さて、これが塩湖におけるドッペルとの共存方法であったが、他者においてはまた別な在り方も存在した。これに目をつけ、体系化して論文に仕上げたのが、「相互作用うんぬん〜」なのである。
それを、目の前で著名人が読んでいる。その上、一対一で質疑応答までしている。あまりの緊張から、塩湖は吐きそうになった。
「うん、とても面白い考えだね」
と、真場女史はにこやかに言い、
「例えばこの点……〝AIとの在り方には大別して三つある。常に、または比較的長い間AIを側に居させ、同じ時間を共有する:近距離型。完全に独立して、人間とAIの双方共に自由に動く:遠距離型。AIに指示を出し、あらゆる行動を制御しようと試みる:操作型〟。前者二つは、ドッペルの意思を尊重するけれど、最後の操作型は、完全に自分のものとしているわけだ」
「背景にある思想というんですか、考えは様々でしたけれど、おおむねその通りですね」
塩湖は努めて冷静に答えた。既に頭脳はオーバーヒート寸前。脳が回転するたびに熱を帯びて、今にもシュルシュルと音を立てそうだ。
「例えばどんな考えがあったの?」
「『AIは道具であって、人間ではない』とか、これは近距離型の人とも共通する思想なんですが、『出来るだけ自分を模倣させることで、コピーを作りたい』というものですね」
ドッペルの特徴は二つある。
生まれた時点での使用者に似せた『
後者は、ドッペル独自の思考回路を生み出すため、自我に似たものを表現する。しかしこの点、塩湖は懐疑的な立場を取っていた。というのも、彼らは肉体を持たないが、人間ならばこのように思うだろう、という発言をする。例えば海面それ自体は柔らかいが、高所から飛び降りれば固くなり、痛みを覚える。AIがそれを知識として得るか、または観察によって得るかは場合によるが、いずれにせよ、本人がそれを体験することはない。
体験していないことを真実として語ることに、自我またはクオリアを見出すべきだろうか? だからこそ、
「僕にとって、ドッペルが使用者の完璧なコピーになり得るかどうかは、微妙なところだと思いますが……」
相手が開発者本人とは言え、塩湖は正直にそう言った。当の真場は気を害した風でもなく、
「面白い」
と更に笑顔に変わる。
「それなのに、人間とAIは似通っていくと考えているのね?」
「そうです──人間にとってAIはメンターになる可能性があるからです。使用者本人を模倣しようとするAIは、その上で状況に合わせて最善の方法を取ろうとします。そんな彼(彼女)の姿は、言うなれば俯瞰された自分自身のようなものです。そこから自身の長所や短所を学び、また秘められた可能性に気がついたとしたら……見習うべく、自らAIの側へと真似をしていくでしょう」
「実際にそういう人が居たの? それとも、君自身がそうとか」
「……ええ。僕自身が彼から学びを得ています」
別に隠しておくこともない。真場の質問に、塩湖は首肯した。
「もしかして君がAIの方?」
「いえ、人間ですよ。えーと、何と言うんでしょうか、物真似された芸能人が、物真似芸人の方へ似てくるようなものだとお考えください」
ほら、誇張されたところが近似していくでしょう、と真面目に言う塩湖に真場は吹き出した。
「うーん分かるような分からないような喩えね。言い換えるなら、長年連れ添った夫婦が似てくるようなもの?」
「それこそ上手く想像できないですけど」
「そう?」
「失礼ですが、真場さんはご結婚されているんですか?」
「秘密。まあ、君より想像力があったってことね」
「あ、そうですか」
それでは秘密ではないじゃないか。そう思いながらも、陽気な人だな、と好意的に思い始めている自分に気がつく。塩湖の中で、幾ばくかの緊張はほぐれた。
「それで、本題に戻すけど……」
と彼女は微かに顔を引き締め、
「貴方のこの考えに、私も賛同していてね。これから作るものに協力して欲しいの」
「協力、ですか」
塩湖は言葉を繰り返す。
「何を作るんでしょう?」
「ゲームよ。でも、ただのゲームじゃない。人間とAIを橋渡しするような、どちらも楽しめるゲームを作るの!」
うひょひょ、と真場は楽しそうに、少しばかり不気味な笑い声をあげた。
──
※1
ドッペルと本人の収入は同一人物のものと見做されるが、しかし年収の壁は引き上げられていない。
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