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八田部壱乃介

第1話 人型AI『ドッペル』とは?

「人間がAIと共存することで、両者の性質は近付いていく──これが君の考えだね?」

 そう訊かれて、塩湖翔しおこしょうは厳かに頷いた。場所は文化社会学、陣間じんまゼミ室、その応対室である。テーブルを挟んで、柔らかなソファに座って対面するのは、かつて塩湖が書いた論文──「人間とAIにおける相互作用と影響の範囲に間する仮説」という、学会から冗談半分に受け止められた代物──を手にした、麗らかな女性。

 名前は真場結衣まばゆい

 AI社会を築いた彼女の名を知らぬ者は、この世界には居ないだろう。彼女自身、特別な作家スペシャルクリエイターと自称しているだけあって、様々なものを作っている。その一つが、ドッペル──自分と瓜二つの容貌、精神構造を持つ人型AIなのだった。

 今や人間は、彼らドッペルとの共生関係にある。全人類、双子になったのだ。例えば塩湖の場合、昼間は学生として研究する傍ら、教授の手伝いという形で賃金を貰っている。その最中、ドッペルにはコールセンターのアルバイトをして貰ってい※1

 彼らAIにストレスというものはない。或いは、外部からの肉体的干渉は一切受け付けない、とでも言うべきか。それもそのはず、彼らドッペルに肉体はないのだから、影響はないのである。

 さて、これが塩湖におけるドッペルとの共存方法であったが、他者においてはまた別な在り方も存在した。これに目をつけ、体系化して論文に仕上げたのが、「相互作用うんぬん〜」なのである。

 それを、目の前で著名人が読んでいる。その上、一対一で質疑応答までしている。あまりの緊張から、塩湖は吐きそうになった。

「うん、とても面白い考えだね」

 と、真場女史はにこやかに言い、

「例えばこの点……〝AIとの在り方には大別して三つある。常に、または比較的長い間AIを側に居させ、同じ時間を共有する:近距離型。完全に独立して、人間とAIの双方共に自由に動く:遠距離型。AIに指示を出し、あらゆる行動を制御しようと試みる:操作型〟。前者二つは、ドッペルの意思を尊重するけれど、最後の操作型は、完全に自分のものとしているわけだ」

「背景にある思想というんですか、考えは様々でしたけれど、おおむねその通りですね」

 塩湖は努めて冷静に答えた。既に頭脳はオーバーヒート寸前。脳が回転するたびに熱を帯びて、今にもシュルシュルと音を立てそうだ。

「例えばどんな考えがあったの?」

「『AIは道具であって、人間ではない』とか、これは近距離型の人とも共通する思想なんですが、『出来るだけ自分を模倣させることで、コピーを作りたい』というものですね」

 ドッペルの特徴は二つある。

 生まれた時点での使用者に似せた『個性らしさ』と、常に新しい環境に適応しようとする『学習意欲』だ。前者はAIにとっての遺伝子アイデンティティのようなものだが、後者の影響によって、ある程度変異する。

 後者は、ドッペル独自の思考回路を生み出すため、自我に似たものを表現する。しかしこの点、塩湖は懐疑的な立場を取っていた。というのも、彼らは肉体を持たないが、人間ならばこのように思うだろう、という発言をする。例えば海面それ自体は柔らかいが、高所から飛び降りれば固くなり、痛みを覚える。AIがそれを知識として得るか、または観察によって得るかは場合によるが、いずれにせよ、本人がそれを体験することはない。

 体験していないことを真実として語ることに、自我またはクオリアを見出すべきだろうか? だからこそ、

「僕にとって、ドッペルが使用者の完璧なコピーになり得るかどうかは、微妙なところだと思いますが……」

 相手が開発者本人とは言え、塩湖は正直にそう言った。当の真場は気を害した風でもなく、

「面白い」

 と更に笑顔に変わる。

「それなのに、人間とAIは似通っていくと考えているのね?」

「そうです──人間にとってAIはメンターになる可能性があるからです。使用者本人を模倣しようとするAIは、その上で状況に合わせて最善の方法を取ろうとします。そんな彼(彼女)の姿は、言うなれば俯瞰された自分自身のようなものです。そこから自身の長所や短所を学び、また秘められた可能性に気がついたとしたら……見習うべく、自らAIの側へと真似をしていくでしょう」

「実際にそういう人が居たの? それとも、君自身がそうとか」

「……ええ。僕自身が彼から学びを得ています」

 別に隠しておくこともない。真場の質問に、塩湖は首肯した。

「もしかして君がAIの方?」

「いえ、人間ですよ。えーと、何と言うんでしょうか、物真似された芸能人が、物真似芸人の方へ似てくるようなものだとお考えください」

 ほら、誇張されたところが近似していくでしょう、と真面目に言う塩湖に真場は吹き出した。

「うーん分かるような分からないような喩えね。言い換えるなら、長年連れ添った夫婦が似てくるようなもの?」

「それこそ上手く想像できないですけど」

「そう?」

「失礼ですが、真場さんはご結婚されているんですか?」

「秘密。まあ、君より想像力があったってことね」

「あ、そうですか」

 それでは秘密ではないじゃないか。そう思いながらも、陽気な人だな、と好意的に思い始めている自分に気がつく。塩湖の中で、幾ばくかの緊張はほぐれた。

「それで、本題に戻すけど……」

 と彼女は微かに顔を引き締め、

「貴方のこの考えに、私も賛同していてね。これから作るものに協力して欲しいの」

「協力、ですか」

 塩湖は言葉を繰り返す。

「何を作るんでしょう?」

「ゲームよ。でも、ただのゲームじゃない。人間とAIを橋渡しするような、どちらも楽しめるゲームを作るの!」

 うひょひょ、と真場は楽しそうに、少しばかり不気味な笑い声をあげた。


──

※1

ドッペルと本人の収入は同一人物のものと見做されるが、しかし年収の壁は引き上げられていない。

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