ヴェネフィック・プリンセス TSさせられた俺が、毒姫様の護衛になった
おいげん
春先の雷雲
第1話 よく来たなエージェント、早速TSしてくれたまえ!
「どうして……こうなった」
俺、
桜の花びらが舞い散る通学路では、純粋培養のお嬢様たちが楚々と歩いている。
少し悪戯な風にスカートを押さえるが、されど決して品は崩さず。
「棗様、いい加減に覚悟をお決め下さいませ。女学園に潜入しているのですから、その場の作法に合わせるのがプロとしての心得かと」
俺の従者役である
「そんなこと言っても……なぁ。いくら任務とはいえ納得できるもんじゃないよ」
「では課長に進言いたしますですか? 任務放棄し、もっと楽な現場に回せと」
「やめとこうか、翆。それを口に出したら最後。二人とも東京湾に浮かぶぞ」
「では黙って精励して下さい。私たちのために」
道を歩くと、次々と挨拶の言葉をかけられる。
「ごきげんよう、神代様。本日も儚げでお美しゅうございますわ」
「ご、ごきげんよう……あ、ありがとうございますわ……おほほ」
無言で翆に足を踏まれ、俺は必死に数多の挨拶を交わす。
毎朝が社交場のようで、気が休まる暇がない。
「……はぁ、どうしてこうなった」
俺は突き抜けるような晴天を恨めしく睨み、大陽に舌を出すのであった。
◇
始まりは一週間前のことだ。
俺は中東の小国にて、油田を狙う武装組織と戦っていた。
硝煙と血と。そして熱砂を運ぶ風。
乾いた大地の匂いと、焼けつくような陽の光が五感を刺激する。
「ヘイ、ナツメ。君のボスから通信だぜ」
「サンクス、ロディ。今行くよ」
石棺のように、静かに地下に埋葬された本部。
殺風景なリビングの横には無骨な鈍色の通信機があるのみ。
俺はヘッドセットをはめ、小声で応答する。
「こちらブラックドッグ、
「HQよりブラックドッグ、感度良好でなによりだ。イレギュラーな事態が発生した。至急本部に出頭し、帰国の手続きを行いたまえ」
「ブラックドッグ了解。HQまでは敵の強固な防衛網がありますが」
武装組織は起動車両を多用するほか、塹壕や地雷も敷設している。とてもじゃないが単騎で突破なんてできる訳がない。
「
「こちらHQ。ガンシップを投入する。ラペリングロープを下降させるので、速やかに帰投せよ」
「BD
「オーバー」
傍受の懸念があるため、多国籍の言語とプロトコールで交信を終える。
しかし、ガンシップって……RPGの的になるんじゃないのか。
不安は汚水のように湧いてくるが、命令とあれば是非もない。
やがて爆音が聞こえてくる。
「GOGOGO! 行け、ナツメ!」
「クッソ、マジで強硬突破してきやがった。ロディ、敵のビークルが接近してきてるかもしれん。死ぬなよ!」
「HAHAHA、望むところだ。ガンシップちゃんの掃射を期待してるからよ」
「ガンナーに強く伝えておく。武運を!」
目だけで敬礼を交わし、俺は
敵のランチャーを回避し、地上に火箭をまき散らしながら、どうにか撤退できた。
ロディたちが無事であればいいんだが。
◇
某国にある文化会館にて、俺は秘書官の偽造IDでスタッフに成りすましていた。
俺を呼び戻した本人――大佐と呼ばれる人物に会うためである。
「歴史編纂室の室長に『統計資料』をお持ちしました」
「室長は執務室におられる」
「了解」
ダミーの資料を運ぶ振りをし、俺はそのまま案内通りに進む。
ここはいつもかび臭い。しかしじっとりと汗をかくほどに緊張感が漂っている。
ノックは二回、三回、二回。
「入り給え」
「失礼します。資料をお持ちしました」
大佐はモノクルグラスを外し、大きく腕を広げて俺を迎えてくれる。
普段なら何かの試験だと勘ぐるところだが、ガンシップを使ってまで俺を急がせたのだ。特に他意はないだろうと判断する。
「神代棗、よくぞ帰還した。挨拶もなく済まないが、君にやってもらいたい任務がある。得意とする潜入工作と捜査だ」
「なるほど。任務の詳細をお伺いしても?」
手渡された分厚い書類に目を通す。
なるほど、母国日本での任務か。これはラッキーだ。
なんせ日本は平和が染みついてる国だ。火器を無暗に使わずに済む。それに何よりもメシが美味しい。
「護衛任務……ですか。ふむ、アルビオン公国の公女殿下が留学されていると」
「うむ。我々の機関がキャッチした情報によれば、公女殿下のご留学を見越して、通われる学園にいるスリーパーが動き始めるらしい」
スリーパーとは工作員の一種だ。
物事が起きるまでは無害を装って生活し、時至らば現地で任務を果たす。
難しいのは、誰が工作員なのか判別するのが難しいことだろう。中には親子二世代に渡って眠り続ける者もいるとか。
「アルビオンの公女って、あの『毒姫』ですよね。確か体内に猛毒を蓄積してるという噂の」
「その公女シャルロット様で合っている。知っての通り、彼女は生体毒物だ。様々な毒を生成する特異体質ゆえ、非常に価値の高い人物だ」
一説によれば、触れただけで相手を腐らせ、草木を枯らす。
風説によれば、咳を浴びた侍医が未知の病気になったという。
流布によれば、涙ですらコンクリートを腐食させるという。
「接近の難易度が高いと思われます。どのようにお考えですか、大佐」
「公国は同性の護衛二名を所望しておられる。幸いなことに、我々はアルビオン公国とは昵懇の仲だ。要員を手配すると伝えたら、そのまま任務を承ったよ」
「では、俺は学園外部でのネズミ狩りでしょうか」
大佐はチッチッチ、と人さし指を振る。
ご機嫌な時はこうやって映画俳優のようなジェスチャーをするのだ。
見ている俺としては、またかと少々げんなりするのだが。
「君には聖アガサ女学園に潜入し、公女殿下の直衛を任せる」
「……あの、大佐」
「なんだね。ああ、相棒には『あの』エージェント・水鏡を用意している。心配はないだろう」
そうじゃない。そうじゃないんだよ。
「大佐、確認します。任務遂行する場所は女学園で間違いありませんね?」
「うむ。その認識で正しい」
この人、頭おかしいのかな。
それとも俺の方が狂ってるんだろうか。
「女学園で……男の俺は何を……すれば」
「ああ、そうだった。君には機関が開発した新型のTS薬を打ってもらう。処置の手配は済んでいるので、早速地下の医務室に行きたまえ」
「ちょっと待てやああああああああ!!」
何考えてんだこの人は。
普通は女学園には女性を送るだろうがよ。
それに新型のTS薬って怖すぎるだろ。
「私は任務に不適です。他の人員を―—」
「君の特異能力を考慮した結果だ。それに、だ。非常に言いにくいのだが……」
クソ、確かに『能力』のことを言われればぐうの音も出ない。
しかし、しかしだ。男としての矜持がだな。
「棗君。君は100人見れば100人とも、可憐な女性と答える容姿をしているからな」
「ぐぬ……」
高い声。低い身長。そして少女のような顔。
俺は配属されるたびにメンバーに馬鹿にされ、実力で叩きのめしてきた。
そんな俺の傷を抉るような任務は、プライドを粉々に打ち砕くには十分だった。
「質問は以上かね? では医務室へ行きたまえ」
「最後に……俺はどれくらい学園に通うのですか?」
「最短で一年はかかるだろうな。情報によれば、少なくとも四名以上の工作員の痕跡が確認されている」
一年……一年だと。
資料によれば、聖アガサ女学園は全国から集められたお嬢様たちが通う場所だそうだ。カトリック系のミッションスクールで、海外からの子女も多数在籍とか。
こちとら少し前まで中東でドンパチしてたんだぞ。
それに相棒があの水鏡翆とは……。
機関に拾われ、俺は英才教育を受けてきたつもりだ。
年齢は17だが、壮年のエージェント並みに働ける自信はある。
温室で培養されてきた公女サマのお守りなんぞ、まっぴらごめんだ。
戦場と死が身近にあり、幸運も不幸も噛み締めてきた身である。
だから、おままごとに付き合わされるのは、虫唾が走るほど不愉快だった。
◇
「ごきげんよう、ナツメ。ふふ、今日もテディベアのようにキュートです」
「ごきげんよう……シャルロット・チューダー公女殿下……わぷっ」
「いい匂い……やっぱり朝はナツメを抱っこしないと落ち着きません」
TS薬でさらにちっこくなった俺を、まるで人形のようにいじくりまわす、クソ舐めた人物に、今日もいいようにやられている。
いつか……目にモノ見せてくれる。
俺は彼女に抱きしめられ、もっしゃもっしゃと頭を撫でられつつ、復讐の炎を燃やすのであった。
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