第2話 星と共に①



「おわぁっ!!!」


平数公生、齢16歳、血液型O型、4月29日生まれ。

そんな彼は夢から飛び起きる様に唐突に覚醒した。


「はぁ!はぁっ!はぁっ!」


 目覚めて早々飛び起きて、息を大きく、早く吸い始めた。手を胸の辺りに当てて腰を曲げ、苦悶の表情を漏らしている。


 けれど、心臓の鼓動の速さと並々ならない発汗は彼が生きている事を証明していた。


 太陽はそんな事も知らずに相も変わらずに彼の体を焼いた。それに彼が気づくと、その頭にはどわっと数多くの疑問が湧いてきた。


(生きてる?!ここは?!アイツは?!身体は!?)


 彼はそんな混乱に苦しみながら、やっとのことで顔を上げる。すると、彼の目の前一面に広がっていたのは、ギラギラとした海と白い砂浜であった。


 ただ、人っこ一人おらず、浜辺には流木や小石、草木などが流れ着いている。

 

その様はまさに手入れのされていない、野生の浜であった。まず確実に元居たビーチではない。

 

これを見て彼がまず思った事。それは遭難であった。よくテレビ番組等で流れているアレである。


(サメにどこかに連れて行かれたことまでは覚えていてその先で何か...)


「いやまず俺の身体ぁ!?」バッ


 急いで自分の身体を見回す。そして、彼はいつのまにか自分が裸になっていた事に気づいた。


「ったく海パンの損害賠償はどこに請求すりゃいいんだ?」


 また、体には外傷らしい外傷は無かった。激痛が走った足も、腸が引き摺り出された腹もスッキリそのまま治っていた。

 いや、そもそもそんな外傷を負っていたらもう二度と目を開けることは無かっただろう。


 こうなると益々不思議になってくる。なぜ生きているのか、なぜこの身体は動くのだろうか。手掛かりはゼロ。彼は潮風にさらされ少しの間呆然と立ちつくした。


 もちろん事態は好転する訳もなく、太陽に雲がかかり始めた頃、彼はようやく歩く気になった。


「ったく鮫に襲われるなんてな。まったく、この映画の監督にはギャラを払ってもらわなきゃな」


 などと恨み言を放ちながら、砂浜を歩く。砂は歩みを阻害して余計に体力を使う事になった。しかし、そうしている内に浜辺に何か目立つ物が流れ着いているのが見えた。

 遠目では分からないが、鮮やかな赤色の物体。近付くごとにその嫌な正体が分かってくる。


「おいおい...これはマズイだろ」

 

 それは人の、老婆の死体だった。その身体はむくむくと膨らんでいる。水死体だろう。公生は思わず苦い顔をした。


 また、さっき見えた赤い物体はこの人が着ていた服であった。青と赤を基調とし、胸の辺りには何かのマークが縫われている、まるで宗教服のようなヒラヒラとした服だった。それも所々に穴が空いていたり既にボロボロ。


 さて、今彼の悩みとして服がないというものがある。サイズは見たところこの老婆が着るには大きく、彼にちょうど良いサイズの様だ。

 彼は言葉も言えずにチッとだけ舌打ちをして腕を組んだ。

 

「……死体剝ぎねぇ...趣味じゃない。趣味じゃないんだが...日光が黙っていてくれたらな」


 彼は幾分か考えた後、頷いて老婆の服に手をかける。そして、すまないな婆さん。大切にするよ、とだけ呟くと、死体のブニブニした感触に鳥肌をたてながら服を取り上げた。

 それから最後に、頭を下げ祈りを捧げてその場を去った。そんな事があってから暫く時間が経ち、時は夕方。その頃、彼は砂浜の終わりに来ていた。


「ここで浜は終わりか...」

 

 と背中を伸ばし、聳える崖と島の内部にある森をちらりと見る。崖には行けないにしても森の中も行きずらいだろう。そこにはどんな生物がいるかわかったものではない。特に初めての土地では。


「しかし参ったな、暑いし喉が乾いた。こうなると炭酸水が欲しくなっくる。強炭酸で、1Lの奴...あぁクソッ飲んどきゃ良かった...っとりあえず行くか」


 そう意を決して、慎重に森の中へ。彼の身長ほどある雑草がわんさか繁茂する森を彼は勘で進む。その途中、動物の鳴き声らしきものが聞こえたり、近くの茂みがガサガサと動いたりした。

 けれども、それは極度の緊張と、蒸し暑い森の中による幻聴なのかもしれない。 


 そんな余裕がない状態で足場が悪い森を進んで行くも、成果は得られず日が完全に落ちてしまった。

そうなると何も見えずまともに進めない。


「これは冗談じゃ無くやばいだろ」

 と呟きながら途方に暮れたその時、不意に空を見上げた。


「これは...すごいな」


 そこには夥しいほどの【星】が様々な色で鮮やかに咲き誇っていた。都会に住んでいる人間には絶対に見れない稀有な光景だ。

 思わず彼は見惚れてしまう。写真とかでは見た事があるのだが、肉眼で見るのは初めてのことだった。


 公生はこれに少しの元気を受け取り、また歩み出そうとした。その時

 はるか上の空からエメラルド色の光が差し入り始めた。何事かと見てみると、空には尾を描きながら進む緑の光源があった。


「彗星」

 彼は自然と呟いた。そして、その光景に目を見開く。


それは、神秘的で、地球上の何より美しく、雄大で、巨大で——ロマンがあった。過去や現在においてこれに心を囚われる人が現れるのも無理はない。


 

 空に流れていた彗星は少し経つと最後の眩い光を放つ。辺り一体を包むほどの強烈な光だ。けれど彼は目を瞑らずにその光を受け入れた。

 


「あぁ...おっ!?」



 彗星が可憐な最後を見せた後に気づく。森の中から青白い光が発せられていることに。

彼は急いでその方角へ向かった。

刻まれた小さな希望と共に。


 

 


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