やがて箒星と共に逝こう
ヨロイモグラゴキブリ
第1話 B級
「ふぉぅ...暑すぎる。誰か“アイス“を持ってないか?安もんの奴でいいからくれ。さっきから手の震えが止まらなんだ」
海パン姿の若い男が、太陽光の降り注ぐ海辺の砂浜に立つ。彼は眩い太陽を、そのサングラス越しにニヤリと笑いながらみていた。
彼の体つきは並で、黒黒しい短髪は濡れてペタリとなっている。
時は夏の真っ只中の8月上旬。この男、
「アイス?保冷ボックスに持ってきてはいるけど要る?」
彼の背後から話しかけてくる男は、友人の一人である。この者はどうしてかイケメンという奴で、身体も良く引き締まっている。そして、頭も良いときた。
「ははっ、この真面目め。まったく、今日来た女子連中は全員お前のケツだけを狙ってやがる」
「えぇ〜?そうかぁ?みんなで遊んでるだろ?」
「黙りやがれ、この海の生態系に組み込んでやろうか?」
「それも良いな。魚達の役に立つなら」
「はっ...」
公生は苦い顔をしてこの世の不公平に唇を噛んだ。その気持ちのまま、浅瀬の方に足を進めた。ぴちゃりぴちゃりと、一歩を踏む毎に足には、冷たな海水とドロっとした砂の感触を認める。
彼は一旦周りを見回した。ビーチには数多くの観光客がいた。皆々浮き輪等で楽しんでいる様だ。公生らの近くには人はいなかった。
彼は僅かな笑みを浮かべると突然、海水が膝くらいまである所で止まる。そうして、ううぅと唸り声をあげながら腹を抱えてその場に屈んだ。
「どうした?!」
友人は急いで彼に近づく。
だが、それは愚かな行為である。
近づいた瞬間に公生は振り向き、パシャリ、と海水を彼の顔一面に飛ばしたのだ。もちろん、あまりの唐突さに反応もできずそれをもろに食らってしまった。
「うわっ!」
「ひっかかったなぁ〜その優しさが仇となったわけだ。これに反応できなきゃプロボクサーにはなれないぞ?」
なんとまぁ、さっきまで屈んでいた男は元気いっぱいに笑っているではないか。そして、その手にはポタポタと海水が垂れていた。
そう、いつだって罠を仕掛ける側は人の善意を利用する。なかなかに卑劣な行為だ。
「やりやがたったな!」パシャ
流石の優しき友人とはいえど、これには水を掛け返した。いや、実際これは海の法則。水を掛けられたならかけ返しなさいという、そういう法則に則っただけなのだ。
そんなこんなで、彼等はパシャパシャやり始めたと。
あぁしかしまぁ、それはあまりにも不自然なことだった。
「いってぇ!」
ある時、彼は足に大きく、鋭い痛みを感じた。そして、何かが足に当たる感触もあった。だが、砂で濁った水では何も見えない。
「どうした?」
「足になんか当たったみたいだっ」
「大丈夫か?」
「これでくたばるとでも!?俺は元ICAで元KGBだ」
「何重スパイやってたんだよ」
「まぁとにかく大丈夫だ!」
ただ、そう言った中でも痛みは続く。彼はそこで足を上げてみる事にした。しかし予想外に足を上げるごとに痛みが増す。なぜか、それはすぐにわかった。
「「は?」」
二人は一緒に声を上げる。それも当然。
彼の足に小さなサメがかぶりついていたのだから!そして、その傷口からはドクドクと血が流れていた。
「っっいてててっ!」
まだまだ、不運は続く。最悪な事にもう一方の足にも同じ痛みが湧いてきた。彼は思わず尻をついてしまう。
「なんでここに!サメ映画じゃねぇんだから!」
「だめだ!コウセイ!立て!」
友人が呼びかけるも遅い。座った瞬間に、身体の様々な所から痛みが走った。そう、サメの軍団は既に、彼を取り囲んでいた。
「クソッ!」
残念ながらなすすべなく水中へと引き込まれる。更にはサメ達は彼の身体を食いちぎりながら沖の方へと運んで行く。
その様子は他の観光客の目にも止まった。ある者は絶句し、ある者は何が起きてるか理解せず、ある者は叫んだ。
溶け出した血の色は水によく溶けて、進んだ道を示した。
「(い、、、あ)」
頭に、肩に、腹に、全身をくまなく噛みちぎられる。水中でもがくことも出来ずに苦しみながらゆっくりと死んでいく。その間ずっと地獄のような痛みが襲ってくる。けれど、それを叫ぶ息もない。
ショック死の方が早いか、窒息死の方が早いか或は...
ただ確実に彼の意識は段々と薄れていき、芯から寒くなっていく。死に向かってることを自覚する。
ただ何も、後悔も、考える暇は無かった。
こんなあんまりな最後を経てその生を彼は終えた。
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