150万用意しないとやばい
結婚適齢期って知ってる?
20年前と今じゃ男も女も晩婚化してるっていうけど、世間が晩婚化してるからってあたしの気持ちもそうなのかって言われるとそうじゃない。それどころか、晩婚化してるっていう割には周りの友達はさっさと結婚しちゃってたりもする。
晩婚化?少子化?ドコガデスカ?ってくらい若くに結婚して、4人も5人も子供を産んだ友達だっている。
結婚願望があるわけじゃないけど、27歳にもなると”結婚”って言葉には敏感になる。増してや10年も交際してる彼がいるってなるとプロポーズとかされちゃったりして…?なんてソワソワしちゃったりもする。
そんな淡い期待なんて知る
「シノ、悪い。今から先輩んとこ行かなきゃいけなくなった。」
ディナー――…とまでは行かないけど、せっかく泊まりに来てるんだからいつもよりちょっと豪華なご飯を作ろうと、彼が寝ている間に晩ご飯を作っているあたしに寝起きの――…というよりは”先輩”の電話で今起きたであろう顔で申し訳なさそうに寝室から姿を現した。
ご飯作ったのに!なんて思いながらも”先輩”からの呼び出しなら仕方ないか…と思いつつも「また連絡する。」と言った彼を見送った。
晩婚化だの少子化だの難しい事はあんま分かんないけど、あたしより2つ年上なのに”先輩”となんでも屋と呼ばれる仕事をし、度々一人暮らししてるあたしの家に転がり込んで来たかと思えば、1・2週間姿を見せない彼との結婚適齢期はまだ先っぽい。
そんな彼とあたしが出会ったのは、高校生の頃だった。って言っても学校が同じとかそんなんじゃなくて。通学で使っていた駅で何度か見かけたことがある彼がある日突然、あたしに少し恥ずかしそうに俯きながら「よかったら…」と連絡先を渡してきた。
ちょうど彼氏のいなかったあたしは、何度か友達も交えて遊び、交際することになった。5月のことだった。
それから10年。あたしは小さな建設会社の事務員として働いていて、彼は”先輩”と仕事をしていた。仕事のない日は一人暮らしのあたしの家にいることもあるけど、急に呼び出されることもあり生活リズムがぐちゃぐちゃの彼とデートらしいデートなんてもう何年もしていない。
彼との関係――…結婚云々に少し焦りはあるけれど、仕事や人間関係に不満はなかった。職場は良いところだし就職したことを後悔したことはない。人間関係も良好で結婚や子育てで忙しい友達とは疎遠になってはいるけど、独身の友達とは予定を合わせて週末に飲みに行ったりもしてる。
結婚が幸せだという価値観を持つ人からすれば、ただ働いて寝るだけの生活のように見えるあたしの人生も、十分幸せだった。交際している彼がいて、一人暮らしも順調、仕事の悩みもなくて、プライベートも充実してる。
だから不満なんてものはない。あたしが不満に感じることなんてない。
―――1ヶ月前、今にも思い詰めて死んでしまうんじゃないかってくらい消え入りそうな声で真夜中に電話をかけてきた彼は”先輩”から預かったお金を落としてしまい「150万用意しないとやばい」と言った。
寝ぼけながら口座に入れてあるお金を何度計算してみても、150万円は到底すぐに穴埋めできそうにない。だけど、彼の消え入りそうな声に胸を痛めたあたしは「50なら何とかなるけど…」と27歳にしては少ないであろう全財産を口にした。
だけど、50万円しか用意できないことに焦った彼は、残りの100万円のことしか考えられないのか電話の向こうで何度も「どうしよう」と焦りを口にする。
だから仕方なかった。それしかかける言葉が見つからなかった。今あの頃に戻っても、あたしは同じ選択をすると思う。それくらい彼が追い詰められていたから。
そんなあたしの決断に
「ごめん、シノ。本当にごめん。俺…。」
彼が何度もあたしに土下座しながら謝罪の言葉を口にしたのは、真夜中の電話から3日後。”先輩”の事務所でのことだった。
性格が悪いあたしは「気にしないで。」とも「謝らなくて良いよ。」とも言ってあげられなかった。それどころか、彼の謝罪に「こんなことしかできなくてごめんね。」とさらに謝罪の言葉を被せ、彼の罪悪感を大きくする。
そんなあたしが”仕事”を紹介してもらうために久しぶりに会った”先輩”はニヤリと口角を上げると「恨むんならこいつを恨めよ」と震えながら土下座する彼を指差して笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。