美乃梨の母 我妻均美④

 美乃梨、朝食ちゃんと食べた? ほら、朝ごはんを抜くと頭が回らなくなるんだから。


 …あら、やっぱりね。ダメよ、忙しいのは分かるけど、せめて何か口に入れないと。ほら、冷蔵庫に林檎りんごとか置いてあるから、今からでもいいから食べておきなさい。


 さて、昨日話すって言った大事な事、覚えてる? 美乃梨ももう大人だし、誤魔化ごまかしきかなくなっちゃったから。あれだけ行くなって言ったから、余計に気になってるんじゃないかと思う。ごめんね。


 ほら、美乃梨が小さい頃、3歳まであのキャンプ場がある██町に住んでたのは私が教えたから知ってるよね?


 自然がいっぱいのところでね、静かで空気がきれいで、私も当時はこの子に最高の環境かんきょうを与えられるって嬉しかったのよ。


 美乃梨もまだ小さかったけど、よく川で遊んだり、森林で走り回ったりしてた。覚えてるかしら?でもね、どうして私たちがあの場所を離れることになったのか、気にならなかった? 私、ずっと隠してきたけど、理由があるのよ。それも、あのキャンプ場にね。


 …色んなことがあったの。正直、話すのにちょっと勇気がいるんだけど、あなたが今あの場所の取材をしてるって聞いて、言わなければいけない時が来てしまったと思ったの。


 美乃梨、あなたがショックを受けるかも知れないけど良く聞くのよ。


 私たち家族は休みの度に公園がわりにあのキャンプ場に良く遊びに行っていたの、アクティビティも比較的ひかくてき安く遊べるし、遊具の数が多いから凄く気に入ってた。


 そして、3歳の誕生日を間近にひかえたある日曜日、私たちはまたあのキャンプ場へ足を運ぶことにしたの。


 朝から皆んなで川遊びをして、遊具で遊んで楽しい時間を過ごして、お昼にバーベキューしようって事になって、お父さんと私は2人で火おこしをしていたの。


 ほんのちょっと3分ほど目を離した隙に、美乃梨は居なくなったの。近辺の川や森林を2時間ほど隈なく探しても居なくて凄く焦って、どうしようと思っていたら、キャンプ場事務所の近くのコテージで怒鳴り声がしてね。


 誰が怒ってるのかと思ったらお父さんだった。最初は私も訳が分からなくて、辞めてほしいってお父さんを制止したんだけど、どうやらお父さんは悪くないみたいで、コテージの隅ににキャミソール姿の美乃梨とキャンプ場のスタッフが居たの。


 どうやらそのスタッフにお父さんは怒っていたみたいで、理由を聞いたらコテージのドアを開けたら、


 


 って言ったの…ごめんね美乃梨…本当にごめんね、美乃梨は幸いにも何もされてなくて、泣きながら駆け寄って来たから私はただ抱きしめる事しか出来なかった。警察は勘弁かんべんしてくださいってそのスタッフは言ったんだけど、お父さんも私も怒りが収まらなくて警察に相談したの。


 だけど証拠が無くてね…キャンプ場には防犯カメラが殆ど無かったみたいで、そのスタッフも話を聞かれただけですぐに帰されたみたい。だから、美乃梨にはあのキャンプ場には近づいて欲しくないし、取材にも行って欲しくないの…


 今まで話せなくてごめんなさい。美乃梨がこの話を聞いたらどうなるか、私、怖かったの。


 …大丈夫? 美乃梨は強いね、でも、これだけは覚えておいて。あのキャンプ場は自然豊かで素晴らしい場所かもしれないけど、それだけじゃないって事。


 この話を聞いても行くつもりなら…何かあったらすぐに連絡して。とにかく気をつけて。何か違和感を感じたら、その場を離れるのよ。美乃梨さえ無事でいてくれれば、それでいいから。


 あのスタッフの名前…忘れもしない。齋藤…齋藤公平。


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