美乃梨の母 我妻均美③

 今日は楽しかったね、美乃梨。温泉久しぶりだったけどやっぱりいいものね。湯加減ゆかげんもちょうど良かったし、肩の調子が少しは良くなったんじゃない?


 それに、あのお刺身定食、凄く美味しかったね。ほら、また来たいって言ってたあそこ、私も気に入っちゃった。今度はお父さんも誘って、みんなで行こうか。


 何回もうるさいと思うけど、美乃梨は普段ちゃんと食べてるの? 仕事が忙しいときほど食生活がみだれるんだから。


 あ、冷凍庫に作り置きしておいたおかずあるから、帰るときに持って行きなさいよ。カレーと煮物、あと野菜スープも作ったの。温めるだけで食べられるから、仕事の合間にちゃんと食べるのよ。


 あと、さっき部屋で何か探してたみたいだけど、何か見つかった? …え? 日記? ああ、美乃梨が小さい頃に書いてたやつ? そんなのまだあったの? 私すっかり忘れてたわ。


 うんうん、持っていきなさい。別に構わないよ。まあ、何が書いてあるかなんて覚えてないけど、美乃梨が読み返してずかしいと思うようなこともあるんじゃないの? でもまあ、懐かしいねえ。


 それにしても、ほんとにしっかりしてきたのね。小さい頃は忘れ物ばっかりして、学校に持って行くべきものをいつも忘れてたのに。あ、覚えてる? 小学三年生の時、図工の時間に粘土ねんど持ってくの忘れて泣いて帰ってきたこと。


 あの時、私仕事中だったけど急いで届けに行ったのよ。今思うと、そんな可愛い時期があったのね。


 …でもね、美乃梨。ちょっといい? あそこのキャンプ場の取材にまた行くんでしょ? あれ、やっぱり辞められないの? 私ね、心配なのよ。何がって…


 あのキャンプ場の話を聞くと胸騒ぎがするの。雑誌の仕事だからっていうのは何回も聞いたから分かるけど、無理しなくてもいいんじゃないかって思うのよね。


 昔からそうだったけど、あんたが何かにのめり込むと周りが見えなくなるのが一番心配なのよ。今回の取材、他の人に任せられないの? 他の人とか、いるんでしょう? 私がこんなこと言っても仕方ないのはわかってるけど、母親としては気になって仕方ないのよ。


 まあ、あんたがどうしても行くっていうなら気をつけなさいよ。何かあったらすぐに電話しなさい。どんな些細ささいなことでも、母さんに連絡するのよ。絶対に約束して。


 ん?美乃梨、日記にそんなこと書いてたの?確かに、中学生の時にキャンプ場に行くのを辞めさせたね。でもね、私がそこまであのキャンプ場に関わってほしくない理由があるの…


 今回も適当にはぐらかして黙っていようと思ったけど、ジャーナリストになった娘の目は誤魔化せないみたいね。後で話す事があるから、覚悟して聞いてね。


 それにしても、今日は楽しかったわね。あんたとこうやって一緒にのんびりする時間、最近なかったから嬉しかったわ。


 温泉も良かったし、美味しいご飯も食べられたし、何よりあんたの元気そうな顔が見られて、ホッとしたわ。明日は何時に帰るの? 少しでもゆっくりしていきなさいよ。母さん、朝ごはんもしっかり作るからね。

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