旅行ジャーナリスト 我妻美乃梨⑤

 編集部で受け取ったあの手紙。読者のユキさんからの内容が頭の中をぐるぐる回って離れない。恐らくユキさんは2018年に●●●キャンプ場で自殺した佐藤夕貴さとうゆうきさんでほぼ間違いないだろう。


 キャンプ場で見たという母親と赤ちゃんの幽霊ゆうれいの話。特に赤ちゃんが二人だったというところが永見ながみさん同様、引っかかって仕方ない。


 あのインスタのリール動画では母親の霊は赤ちゃんを一人しか抱いていなかった。それが今回、佐藤夕貴さんの証言では二人になっている。このズレは一体何を意味するのだろうか。


 私が調べた限り、心霊現象は目撃者によって見え方が異なることがあるけれど、人数や細部がこうも変わるのは珍しい気がする。まるで時間とともに霊そのものが変化しているような気がする。


 それにしても、佐藤夕貴さんが手紙で語っていた赤ちゃんの描写びょうしゃには目を見張るものがあった。赤ちゃんが大人みたいに口を大きく開けて何かを喋っていた、なんて。


 そんな現象を実際に目の当たりにしたら、誰だって恐怖で震え上がるだろう。それだけじゃない。その体験以来、夢に毎晩同じ光景が出てくるようになり、普段の会話でも「ごめんなさい」と口をついて出てしまうと書いてあった。


 ごめんなさいという言葉は何に向けられた謝罪なんだろう。ユキさんがその言葉を言わされていると感じているというのもなんとも不思議な現象だ。何かこのキャンプ場には、訪れた人の心を捉えて離さない恐ろしい力があるのかもしれない。


 永見さんが言っていた、読者の感想もとても心に来るものがある。私が書いた記事が、多くの人に読まれ、彼らの興味や恐怖心を刺激しているのは間違いない。


 でも、その反響の裏には、現実に起きている何か得体の知れない事象があると思うと責任を感じずにはいられない。佐藤夕貴さんは、自分の恐怖を吐き出すきっかけを2017年のホラースターを見て得たのかもしれない。


 でも、それは同時に、彼女が自分の恐怖に改めて向き合うことにも繋がったはずだ。残念ながら手を差し伸べる事が出来ないまま命を落としてしまったが。


 私はただ面白い記事を書こうと思って取材を続けてきたわけじゃない。心霊現象や怪異には、そこに至るまでの背景や、それを語る人々の心の奥深くに何かしらの真実が隠されているはずだと思っている。


 今回のキャンプ場の件も同じだ。幽霊がどうこうという話を表面的に取り上げるだけじゃ足りない。その背景に何があるのか、この土地にどんな歴史や因縁いんねんがあるのかをもっと調べなければいけない。


 それにしても、この手紙を読んで、また現場に戻る必要性を強く感じる。私はキャンプ場での取材を通じて何を見落としていたんだろう。幽霊の人数の変化はなぜ起きたのか。赤ちゃんの異様な姿や神崎亜実かんざきあみさんや佐藤夕貴さんのごめんなさいに込められた意味は?


 考え始めるとキリがないけれど、この話を放置するわけにはいかない。彼女が手紙を書いたのは、きっと自分の恐怖の原因を知りたかったからだ。それに応えるのも、私の役目のひとつであり、佐藤夕貴さんに向けた花束の代わりのような物なのだ。


 だから、この目で見て、感じて、確かめるしかない。それがたとえどんな結末を呼ぶとしても、目をらすわけにはいかない。真実に触れるのは怖いが、それ以上に知りたいという好奇心が勝ってしまうのだ。これが私の性分だし、この仕事をしている理由なんだろう。


 編集部での会話を思い出しながら、私は机の上に広げた資料に手を伸ばす。次の取材の準備を始めよう。

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