残夏、卒業小旅行
藤石かけす
第1話 再会
終電を使ったのは初めてだ。見慣れた駅に、見慣れない暗さの中降り立つ。田舎の駅は木造無人だと思われがちだが、この駅は一応乗り換え駅――とは言っても二路線しかない――なのでそんなことは全くない。無機質な銀と白の駅舎、むなしく響く自動改札の電子音。何人かのサラリーマンと酔っ払いに追い抜かされながら、俺は改札を抜けて、西口のほうへと向かう。東口には繁華街があるが、西口にあるのは閑静な住宅街とコンビニ、それから小さなロータリー。
『西口、北寄りパーキング入口』
「よお、久しぶりだな、
よく通る声も、後頭部を刈り上げた髪型も全く変わっていない。俺は、久方ぶりに会う幼馴染に尋ねた。
「久しぶり、恭平。いきなり呼び出すって何?」
今日は金曜。九月の週末に、わざわざ遠くに住んでいる友人を呼び出す意味が分からなかった。
「まあまあ、乗れよ」
そういわれて、車の助手席に放りこまれる。
「これ、お前の車?」
「そうだよ、中古だけどもね」
後ろから女性の声がして、思わず飛び上がった。
「久しぶり、元気にしてた? ご飯ちゃんと食べてる?」
「びっくりさせるなよ……
後部座席を振り返ると、高校生の時よりもややすらりとした早苗が、人好きのする笑顔を浮かべて座っていた。
「今回は私から声をかけたんだよ。恭平はこんな深夜に集まろうなんて言わないよ」
それもそうだ。早苗は、昔からなぜか行動力がある。
恭平が運転席に乗り込む。ゆっくりとエンジンがかかって、車体が夜の街へと滑り込んでいった。
「今日集まってもらったのは、他でもない、『かしの木ワンダーランド』が今年の十月をもって閉演するからであります」
車の中では、洒落た洋楽が流れていた。早苗は声を張り上げて、大仰に演説しだす。
「え、閉園するの?」
徹也は知らなかったでしょう? といたずらっぽく笑われる。その通りだ。第一、電車で三時間以上かかる故郷のローカルニュースなんて、研究一筋で、毎日研究室と海辺、河川敷を往復している大学院生のもとに届くはずがない。
「少子化と人口流出でさ、ずっと経営苦しかったらしいんだよね。ここらが潮時だって伯父さんが言ってたよ」
早苗の伯父は、この辺りではそこそこ有名な地主で、『かしの木ワンダーランド』のオーナーだ。『かしの木ワンダーランド』は地元の小さな遊園地で、子連れや若いカップルに人気だった。俺たち三人は、そこに、かなりお世話になっていた。早苗の家族が、しょっちゅう連れて行ってくれたためである。中学生になってからは、バスを乗り継いで行くこともあった。時折、イベントの手伝いをした記憶もある。田舎町の小さな遊園地の、何がそんなに俺たちを惹きつけたのか、と言われると今となっては分からない。
「そうか……なくなっちゃうんだ」
つぶやくようにこぼすと、ハンドルを握った恭平が笑った。
「言ったろ? 徹也はこういうのちゃんと悲しむよって」
「そうか……都会に行って薄情になっちゃったから『あ、そう』くらいだと思ったのに」
どうやら二人は、俺の反応について賭けをしていたらしい。早苗が口をとがらせているのが目に見えるようだ。はつらつとした早苗の話し方は、小さなころから全く変わっていない。恭平の、少し格好つけたような話し方も、同じ。
「はは、さすがにそこまでひどくはないよ」
どうだかな、と二人は笑った。
「二年帰省しないって相当よ。町に恨みでもあるのかと」
「わざわざ帰るのも面倒だっただけだよ」
俺はもともと水辺に行く以外では外に出ない人間で、親も口うるさく帰ってこいと言うタイプではなかった。今日だって、呼んだのが恭平たちだから、ここにきている。
車は市街地を抜けて、田んぼや畑の中をぬって進む。次第に傾斜が厳しくなって、人口の光がフェードアウトしてゆく。駅から「かしワン」――そういう略称があった――までは車で小一時間ほど。早苗とおじさんには悪いけれど、立地の悪さが悪影響を及ぼしていることは間違いないと思う。
恭平と早苗と知り合ったのは、小学校三年生の時だ。この町に引っ越してきた俺、すなわち宮田徹也の前の席に座っていたのが、溝口早苗だった。恭平は、早苗の幼馴染だ。あれよあれよという間に三人で仲良くなって、なぜか高校卒業まで、週一で夕飯を一緒に食べる仲だった。と言っても、恭平の実家である中華料理屋に入り浸っていただけなのだが。
「大学はどうよ。大学院生様なんだろ?」
「まあ、ぼちぼちかな」
「ちゃんとご飯食べてるの? 高校生の時よりやつれてるよ?」
矢継ぎ早に質問される。二年も年賀状と誕生日のメッセージ程度のやり取りしかしていなかったが、会話のテンポは全く変わらない。不思議なものだ。
「運動部入ってた頃と同じにするなよ。研究と自炊の両立は大変なんだよ、実家勢が」
夜の帳が下りた田舎を、友人の運転する車で走るのは不思議な感覚だった。秘密基地に向かうような、そんな気分。わくわくと安心の混ざったそれに包まれると、ここにいた頃に戻ってきたような錯覚に陥る。
「聞いてよ、この前ものすごいクレーマーが来てさ……」
早苗は今年から市役所勤務だ。窓口での日常を聞きながら、山道に揺られていく。恭平の運転は丁寧で、助手席に座っていると胎児のような気持ちになる。そういえば、どうしてこんな深夜に遊園地に呼び出されたんだろう。疑問が浮かんだが、言葉にする前に、意識が闇夜に溶けていった。
「ほら、徹也。起きろよ、着いたぞ」
恭平の声が遠くから聞こえる。おかしい、もう恭平が俺のことを揺り起こすことはないはずなのに。
「全然起きないねえ、疲れてたんじゃない?」
早苗の緊張感のない声がかぶさって、ごつごつした指が俺の頬をつねった。痛みで覚醒する。
「急に理不尽な遊びに誘ったのはお前らだろ……」
うなるように答えると、二人の目が同じように見開かれた。
「聞こえていたんだ」
「睡眠学習?」
相変わらず、容赦なく失礼な奴らだ。俺は体を起こして、車外に出る。夏と秋の狭間の、どこか曖昧な空気が肌を撫でた。
車が停まっているのは、だだっ広い駐車場だった。長方形の土地にコンクリートを流し込んで、白線を引いただけの空間。周りは広葉樹で囲まれており、一辺の一部だけが歩道に繋がっている。その歩道の先にあるはずのものを、俺はいやというほど知っていた。
「かしワンの駐車場……」
「お、さすが徹也。正解じゃん」
何度も見たことがあるはずの駐車場は、月明かりの下で見ると、妙に空しく感じられた。いつもはカラフルな車と夢に溢れかえっていたそこが、ただの入れ物であることに気付かされてしまったからなのかもしれない。樹木に囲まれ、ワンボックスカーだけが浮かび上がる駐車場は、公演の終わった舞台のような顔をしていた。
「何しに来たの?」
そう尋ねると、早苗が鞄から一本の鍵を取り出した。
「忘れたの? 掘り起こすんだよ」
何を、という言葉は必要がなかった。
「「タイムカプセル!」」
俺と恭平の声が重なって、早苗の不敵な笑みが弾けた。
「その通り!」
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