第3話
(よいか抜くのは男根をおまえのアソコに定めたその時であるぞ)
小太郎から何度も教えられた。この瞬間こそが男がもっとも油断している。見えているのは女陰だけだ。笄(こうがい)を抜いても気づかない。その小刀で荒い喉笛を引き裂けば相手は声も出せず崩れ落ちる。
(落ちてきたところ眼窩を突き刺せ)
硬い頭蓋骨を小刀で割るには女性の力では無理がある。しかし刺突に適したくノ一の鋭利な簪(かんざし)ならば眼球突き刺し眼窩から脳幹まで達することができる。これならば瞬時に相手の息の根を止めることができる。
信長に抱かれ、衣茅はその機会を待った。媚薬が効いたのか信長は荒い息で衣茅の陰部に舌を這わせる。
(そろそろじゃぞ)
信長の息遣いが聞こえるのか軒下から蟋蟀の声が指南する。
(はい)
信長が衣茅に跨った。酔った熱い体を擦り付けてくる。衣茅は無抵抗に体を預ける。信長が衣茅の膝を抱え腰をにじり寄せたその時。
(いまじゃ)
小太郎が合図を送る。衣茅が結髪から笄を抜き取る。夜陰に光る小刀が信長の喉笛を襲う。
“斬ッ”
血飛沫が舞う。声もなく血走る眼を見開いた信長が衣茅の上で喘いでいる。その踠(もが)きとも憤怒とも察し難い断末魔の表情が衣茅をも血に染めんとした時。
(かんざし!)
(承知)
結髪から一尺の簪(かんざし)を抜き取って、信長の眼窩向けて押し放つ。
簪が信長の左眼に深く突き刺さる。仰反る信長の表情から憤怒が消えた。
衣茅の上から崩れ落ちる信長。衣茅は信長の体を突き放す。
あえなくも戦乱の世の覇者が、一介の忍びに、しかも若きくノ一に命を奪われた。いま衣茅の前には勃起したまま男根露わに無残な骸が仰臥している。
(仕留めたか)
(はい。仕留めました)
衣茅の表情に安堵が溢れる。
(よくやった。これで我らが里は安泰じゃ)
(お褒めいただき恐悦)
二匹の虫が暗殺の成功を喜び伝え合う。
蟋蟀の声が急く。
(さ、往け! 伴の者が来る)
(畏まりました)
衣茅は血飛沫を浴びた裸体のまま跳び上がり鴨居にぶら下がった。そのまま体を一回転させて天井の板を打ち破り屋根裏に身を潜めた。そこに細い竹筒が一本置いてあった。
(お壕から西の湖を経て近江之湖へ抜けます)
(ならば、活津彦根神社に船を用意しておこう)
(有り難きこと)
衣茅は屋根をつたい石垣からお壕に下り、細い竹筒を咥えたまま裸体を水面下に潜らせた。活津彦根神社までは城下の水路を経て12町はある。鍛えた伊賀忍者でも水遁の術を使ってたどり着くには容易なことではない。しかし想像を絶するような鍛錬を受けてきた衣茅にとって、12町など何ほどのものでもない。一度も水面に姿を見せずとも容易く泳ぎ切った。
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