第1話
<登場人物>
■■■伊賀衆■■■
衣茅(いち):この物語の主人公で伊賀忍者くノ一。伊賀忍術十一名人新堂小太郎に鍛えられた。男に負けぬ強さと女ならではのしたたかさを兼ね備える。
新堂小太郎(しんどうこたろう):衣茅の師匠。伊賀忍術十一名人の一人でコオロギの声で会話ができるなど優れた忍術を使う。
下柘植小猿(しもつげこざる):伊賀忍術十一名人。下柘植木猿の父親で忍術にかけては伊賀忍者で並ぶものがないほどの腕前。
野村孫太夫(のむらまごだゆう):伊賀の忍術十一名人。下柘植小猿とは共に忍術修行をした仲。伊賀忍者の中でも屈指の腕前。
百地丹波(ももちたんば):上忍三家の一人。伊賀衆をまとめる頭。
服部正成(はっとりまさしげ):上忍三家の一人。百地丹波、藤林正保とともに伊賀の評定をとりしきる。
藤林正保(ふじばやしまさやす):上忍三家の一人。百地丹波、服部正成とともに伊賀の評定をとりしきる。
下柘植木猿(しもつげきざる):伊賀忍術十一名人。小猿の子。安土城で信長を暗殺しようと試みるが失敗する。
下山甲斐(しもやまかい):別名下山平兵衛。伊賀の土豪。小猿の幻術に掛かって伊賀を裏切ったようにみせかけ北畠信雄らを丸山城におびき出す。
植田光次(うえだみつつぐ):伊賀十二人衆下阿波荘領主。第一次天正伊賀の乱で柘植保重の首を上げ武勲を挙げる。
剛真(ごうしん):平楽寺の座主。籠城する僧兵たちをまとめ織田勢と戦う。
滝野吉政(たきのよしまさ):伊賀国柏原城主で伊賀十二人衆の一人。百地丹波と並んで総大将を務める。
■■■甲賀衆■■■
岩根三郎(いわねさぶろう):甲賀五十三家のひとり。甲賀忍者の中でも特に腕が立つ。信長を暗殺しようとした杉谷善住坊の息子。
鵜飼孫六(うかいまごろく):甲賀五十三家のひとり。甲賀忍者の中でも腕が立つ。策略と忍術にかけては岩根三郎に引けを取らぬ。
杉谷善住坊(すぎたにぜんじゅうぼう):岩根三郎の父。信長暗殺を企てた火縄の名手。暗殺に失敗し土中に埋められ首を切られる。
滝川一益(たきがわかずます):信長の宿老であるが、出自は甲賀忍者。
■■■織田勢■■■
織田信長(おだのぶなが):言わずと知れた戦国時代の覇者。天下布武を掲げ天下統一を図る。
北畠信雄(きたばたけのぶかつ):織田信長の次男。北畠具房の養子となり伊勢国を乗っとる。信長に内緒で第一次天正伊賀の乱を起こし、伊賀衆に敗退する。
滝川一益(たきがわかずます):信長の宿老。実は甲賀忍者の親玉。
滝川雄利(たきがわかつとし):北畠信雄の家臣。滝川一益の娘の婿とし滝川の姓を与えられる。
小寺孝高(こでらよしたか):天才軍師。荒木村重とは旧知の仲で有岡城に村重の説得に赴くが囚われ石牢に長期間閉じ込められる。後の黒田官兵衛。
筒井順慶(つついじゅんけい):大和国郡山城主。得度して仏門にはいる前藤政と名乗っていた。
明智光秀(あけちみつひで):信長の重臣。小猿とは美濃の地侍の時分からの旧知で一時忍びの技を小猿から学んだことがある。
柘植保重(つげやすしげ):北畠信雄から信を得る伊賀の土豪福地宗隆の子。滝川雄利の姉の夫。雄利の義理の兄。
日置大膳(へきだいぜん):柘植保重と共に北畠信雄の伊勢北畠家乗っ取りに尽力した武名名高い武者。腕は立つ。
蒲生氏郷(がもううじさと):六角氏の重臣蒲生賢秀の三男。六角氏が滅亡した後、信長の人質に差し出される。その後、信長の次女を娶っている。キリシタン大名。
脇坂安治(わきさかやすはる):浅井長政に仕えるが浅井氏滅亡後、織田家に抱えられ明智光秀の与力となる。賤ヶ岳の戦いで武功を挙げ、賤ヶ岳七本槍に数えられる。
丹羽長秀(にわながひで):織田信長の宿老。織田四天王の一人。第二次天正伊賀の乱では柘植口から滝川一益と共に攻め入り比自山城を攻める。
丹羽長重(にわながしげ):丹羽長秀の息子。
太田牛一(おおたぎゅういち):丹羽長秀の近習で与力。
■■■反織田勢■■■
荒木村重(あらきむらしげ):信長に与していたが、突然謀反を起こした摂津の大名。信長相手に有岡城を拠点に籠城戦を展開するが敗れ尾道に逃げ去る。後に道薫と名乗り茶人津田宗及が主宰する茶会に出席。
荒木久左衛門(あらききゅうざえもん):荒木村重の元主君池田知正。村重に代わり有岡城を守るが、守りきれず行方をくらます。
毛利輝元(もうりてるもと):安芸の戦国大名。毛利家14代目当主。信長と敵対する西国の雄。
顕如(けんにょ):浄土真宗大谷派第11代門主。石山本願寺に立てこもり信長と対峙する。
桂元綱(かつらもとつな):毛利五奉行の桂家の跡取り。毛利家の重臣。
■■■雑賀衆■■■
土橋胤継(どばしたねつぐ):雑賀衆の一派。砲術に長けた傭兵集団。石山戦争が終わった後、信長に従う鈴木孫一派と対立し分かれた。
鈴木孫一(すずきまごいち):雑賀衆の一派。砲術に長けた傭兵集団。石山戦争が終わった後、信長に従う土橋胤継派と対立し分かれた。砲術にかけては天下一品。
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(脱ぐのじゃ!)
(えっ?)
(いまじゃ、ここで着物を脱げ!)
衣茅(いち)は沸き起こる不安と戦いながら蟋蟀(こおろぎ)の声に耳をそば立てている。
(だ、大丈夫ですか?)
衣茅も鈴虫の微かな啼き声で軒下の小太郎に返す。
(大丈夫じゃ、術は効いておる)
軒下の蟋蟀の声が短くそう囁く。逡巡が鈴虫の声にならず衣茅の体を駆け巡る。しかし衣茅は唇をピクリとも動かさず懸命に鈴虫の声を発した。
(さ、されど、控えの者がまだすぐそこに・・・)
軒下に返す。すると、蟋蟀に似せた小太郎の声が軒下から怒りを帯びてこう戻ってくる。
(心配いらん! 教えたであろう、喉笛の掻き方を)
衣茅の結った長い髪には結髪用具である笄(こうがい)、即ち研ぎ澄まされた小刀が隠されている。
(教わりました)
(そのとおりやればよい。声など出せぬ)
衣茅は思い出していた。欲づいた何人かの地侍の喉笛をこの手で掻き割いたことを。修行とはいえ彼らに恨みがあったわけではない。だが、忍術を覚えるためには練習台が要った。その時も、こうして師の小太郎と虫の声で意思疎通をしている。
(よいか、信長を殺れば、平穏は保たれる。おぬしが我らが里を守るのじゃ)
(し、承知仕りました)
女人である自分に忍術を一から叩き込んでくれた伊賀忍術十一名人の一人、新堂小太郎を衣茅は師と仰いでいる。小太郎が謀ったこの暗殺は必ず自分の手で成し遂げるつもりだった。
暗殺する相手は乱世の覇者織田信長。先年伊賀の里より甲賀を超え北方近江安土に天まで届かんとする巨城を湖畔に築城した。
衣茅はこの巨城構える城下に、新堂小太郎と幾度も偵察に行った。乱世の覇者を暗殺するために。
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