亡霊幻花ハクマティック~BōLeiGenkaHAKUMATIC

イズラ

Episode1「パンドラ」

1-1.白魔の夜に

 今夜もこの地に降り注ぐ雪。白い白い美しい雪。

 淡い顔と、白い髪が窓に映る。

 私は、みんなとは違う──。




 ──亡霊幻花ハクマティック~BōLeiGenkaHAKUMATIC




「……掠れた声ね」

 豆腐屋の小娘が言う。

 私──橋切はしぎりペタ、ため息は白かった。

「痛いの? 喉」

 「別に」と返すと、小娘は愛想が尽きたように、私をしっしっと追い返した。

 私は不服だったが、買い物は終わった。ここに残る理由はない。

 小娘に背を向け、通りをスタスタと歩き始める。

「……治るといいね」

 私の背中に、小娘はポツンと呟いた。


「……白い髪ね」

 肉屋の夫人が言う。

 温かい店の中でも、ため息は白かった。

「ほら、白髪染め」

 無理に押し付けられ、私は仕方なく受け取った。

「頑張りなさいよ」

 私の背中に、夫人は声を大きく言った。


「おかえり、ペタ」

 おつかいが終わり、家に帰ると、姉さんが出迎える。

 そして、すぐに温かいコートを着せてくれた。

「寒かったでしょ、パーカー一枚で出掛けてくもんだから……」

「べつに」

 そう言ったものの、呂律ろれつは回っていなかった。

 ナナミ姉さんは、私をぎゅーっと抱きしめ、額にキスをすると──、

「可愛い可愛い私の妹ちゃん、クッキー作るの手伝ってくれる?」

 そう言って、私をキッチンへと引っ張るのだった。


「……なんで」

 今日、かけられた言葉は、何の救いにもならない。

 他人行儀な街人まちびとたちは、偽善を振りまき、心を満たす。

 妹主義な姉さんは、慈愛を押し付け、橋切ペタを満たした気で、自分だけを満たす。

 病気の私が満たされる方法は、どこにもない。

 過去に負った傷は、治らない。

「……でも」

 ──それでも、生きる目的が手に入れば。

 ──少しでも、楽になれたら、楽しく振る舞えたら。

 願いは、窓の外の雪景色に吸い込まれていくばかりだ。

 白いため息をつき、窓枠に伏せていた上半身を起こすと、くるんと体の向きを変える。

 考えたって、しょうがないんだ。死にたくないなら、生きるしかない。

 そう思っていた、矢先のこと。

「……*******」

 ささやき声のような音が、耳に入った。

「……*******」

 音は次第に大きくなる。

「……**、**、***」

 人の声ではない、何か。

 意識した頃には、音は聞こえなくなっていた。

「……え……?」

 漏れ出た声は、それだけ。

 気がつくと、先ほどまで寝ていた窓枠に、箱のようなものが置いてあった。

「……なに……?」

 ふらふらと窓枠に歩み寄り、細長い段ボール箱に手を触れる。

 表面には、何も書かれていない。

 中身が気になり、包装のテープをベリベリと剥がす私。

 そして、段ボール箱を、その手でそっと開く。

「……『白魔の呪い 根源』……?」

 そう書かれた紙切れと共にに入っていたのは、真っ赤な和傘だった。

 途端に妖しい気が部屋を包み込み、私は固唾かたずをのんだ。

 そして、ゆっくりと手を伸ばす。

 指が傘の柄に触れる、その瞬間──

「──ペターっ! クッキー焼き上がったよー!──って、どうしたの? その傘」

 姉さんが、部屋の扉を蹴り開けた。

 急いで箱を閉めたものの、傘を見られてしまった。

「え、ちょっとー、私にも見せてよー!」

「だめ!」

 掠れ声にしては、大き響いた。自分でも驚くほどの怒号。

 姉さんは、しばらくポカンと口を開けていたが、やがて、無言で扉を閉めた。心配そうな目で。

 自分でも怖かった。

 なぜ、あそこまで怒鳴ったのだろうか。


 改めて、箱を開くと、傘は先ほどよりも輝いて見えた。

「……呪いの根源、か……」

 もしも、もしも、本当にそうならば、私の──

「……私の、病気は……治る……?」

 白魔病はくまびょう。原因不明の病で、一説によれば『呪い』によるものだと言われている。かかった者の髪は白くなり、声は掠れ、そして──

「……約七年で、死に至る……」

 もし、その病気が治るのなら。

 もう少しでも、生きれるのならば。

 全てを失ってでも、絶対に──

「……掴み取れ……!」

 そうして、傘の柄を強く握り締め、手に取った──!

 ──が。

「──イッッッテェなアアアァ!!!」

 赤和傘は、呪われていた──。

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