第20話 お倫、盆の上の賽子勝負でカタを付ける 

 岩五郎一家はもう川原の半ばまで押し出していた。真っ昼間にも拘らず大きな篝火が一本焚かれて、身拵えの整った若い者が右往左往している。

 お倫と岩五郎は大きな篝火の前で対峙した。岩五郎は広口の結城紬にたすきをして、その上に合羽を羽織り、足ごしらえを厳重にして、刀の柄に手をかけていた。

お倫の周りを岩五郎の身内がずらりと取り囲んだ。

「どうです、岩五郎親分さん。わたくし富蔵親分に一宿一飯の厄介者、門付けをして歩くしがない渡り鳥でござんすが、斬った殴ったでは、斬っても斬られても詰まりません。博打打ちは博打打ちらしく、ひとつ思い切って盆の上の勝ち負けでけりをつけようじゃござんせんか?博打打ちが博打を外に脇差を振り回すなんざぁ見っとも無いことでございますよ。如何です?岩五郎親分さん。後刻と言わず今此処で・・・」

「此処で?で、富蔵方からは誰が来る?」

「誰も来やしませんよ、一宿一飯の義理によって、この倫がお相手仕ります」

「お前さんが?」

「はい、柴宿の富蔵の名代を受けてやって来ております」

「ようし」

「潔く承知して下さいますか、有難う存じます。これで無駄な死人を出さずに済むというものです」

「じゃあ、こう定めよう。俺が負けたら俺の縄張りはみんな其方へやる。その代わり俺が勝ったら・・・」

「勝ったら?」

「縄張りと共に富蔵の生命を貰うぜ」

「ほっほっほっほっ」

お倫は静かに嗤った。

「そりゃ片手落ちでござんすね、親分さん。生命の遣り取りなんざぁ野暮ってものですよ。親分が富蔵の縄張りと生命を御所望なら、親分が負けなすった時ぁやっぱり縄張りと生命をわたくしにお渡し願いますよ。ですが、どうです、生命の方は止しにしませんか、ね」

「よう~し、解かった」

「ああ、早速に解かっておくんなすって、有難うさんにござんす。じゃ博打打ちはあくまで博打で・・・話はそれっ切りで、後でいざこざの無いように」

「ご念にはおよばねぇよ」

直ぐに野天に茣蓙が敷かれた。今まで冷酒を飲んでいた五郎八茶碗を壷皿に、お倫と岩五郎が相対した。岩五郎は脇差を左膝の下に敷き、お倫は三味線を腰の後ろに置いた。壷は岩五郎の代貸が振る。代貸はさっと両肌を脱ぎ、腹から乳の辺りまで巻かれた真っ白い木綿姿で盆へ座った。

「博打打ちが縄張りを懸けた丁半の大博打、勝っても負けても一番勝負、互いに苦情は言いっこ無し、良ござんすね」

「よし」

甲高い声で岩五郎が答えた。

「丁と張ります」

「半だ」と岩五郎の声。

一同、ぐっと気合をのんだ。お倫の眼も岩五郎の眼も、代貸の眼も五十人に届く子分の眼も、ただ壷皿の上に凍るように集まった。

岩五郎がにたりと薄気味悪く嗤った。

「勝負」

代貸が声を掛けて壷前へにじり寄り、壷を引こうとした。

お倫が叫んだ。

「お待ちよ、壷に寄るんじゃないよ!百姓相手のいかさまとは訳が違うよ、お倫の眼は節穴じゃないからね」

「え!」

代貸の怯む声と共に身内の者が脇差の鯉口を切った。

「・・・と言われても気持ちが良くありませんわね。どうぞ、代貸さん、ひとつ壷の方をお立ちなすってお引き下さいな。何ですか、其処のお若いの!脇差の鯉口を切ってどうするんです?喧嘩嫌いのお倫が買って出て来た賽子勝負、静かになさいよ、みっともないよ、ねえ親分」

代貸の唇がかすかに震えている。

「さ、お立ちなすって」

代貸はしぶしぶ立った。そして、中腰になって、ちらりと岩五郎を見下ろしながら

「勝負!」

さっと壷を引いた。出たぁ!お倫の張った丁だった。

「親分さん、いけませんねぇ。気の毒ですが親分さんの負けですよ」

「う~ん」

岩五郎は息をのんだ。と、同時に、ぞくぞくと殺気の滾り立つのがお倫には直ぐに解かった。

「お倫とやら!」

岩五郎が叫びながら膝を立てた。

「勝負はあった!テラを置いて行け!」

「テラですって?縄張りを懸けた大博打のテラには何が良いんです?」

「手前ぇの生命だ!」

そう叫んで岩五郎は子分達の後ろへ声を掛けた。

「先生方、お願ぇしますよ!」

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