第10話 お倫、お仙から賭博を教わる

 目覚めたお仙が言った。

「お倫ちゃん、と呼んでいいわね。お倫ちゃん、助けて貰った御礼に賭博を教えてあげるよ。あんたもこれから名のある親分衆の賭場に足を踏み入れることもあるだろうからさ」

 先ずお仙が取り出したのは四組の花札だった。

お仙は四十八枚の花札を器用に揃えてから睦月の松、如月の梅、弥生の桜、その後、藤、菖蒲、牡丹、萩、月、菊、紅葉、と続いて霜月の雨、師走の桐と、四枚ずつ右から左へ十二段に並べ、それを又、四枚一組に重ねて裏返しに揃えた。

「さあ、お倫ちゃん、ちょっと切ってくれませんか」

受取ったお倫は何遍も切ってからお仙に返した。

それをまたお仙は二、三度鮮やかに切り返して、一枚ずつ裏向けに先程と同じように四枚十二段に並べた。

「開けて見てご覧な」

お倫が吃驚したのは、一枚ずつ表を返してみると、先程と同じように睦月から師走まで見事に揃っていたのだった。

「これは手頭真ですよ。仕掛けも何もありませんよ、手の技ですからね」

技か何だか解からないが、物凄いことをする人も居るものだ、とお倫は感嘆した。

「さあ今度は賽子勝負を見せましょうか」

 お仙は花札を賽子に替えて振って見せた。白賽を使って、からくり無しに、幾らでも自分の好きな目を出す凄技を持っていた。

「お倫ちゃん、賽子勝負は賽の目ばかりを見て居ちゃ駄目なのよ。壷振りの手元をしっかり見ていないといかさまからくりを見抜けないの」

そう言ってお仙は、二つの賽子を入れて伏せた湯飲み茶碗を開ける時に、わざとお倫に解かるようにして、右の小指の先で賽子を動かした。なるほど、これじゃ何時だって壷振りの思う目が出せる筈だ、とお倫は納得した。

 それからお仙は別の二つの賽子を取り出し、徐に四つの賽子を指の間に転がした。二つは本物の賽子で、二つはどう転がしても決まった目しか出ない七分賽だと言う。四つの賽子はお仙の指の間に隠れて見えなくなったり、交互に湯飲みの中で鳴ったりした。

お仙は座布団の上に四つの賽子を置くと、左手でさっと撫でた。後に賽子が二つだけ残っている。促されてお倫が転がしてみた。二つとも本物だった。お仙は忙しい手付きでもなく、二つの賽子を摘んで湯飲みを振った。二度振って湯飲みを開けたお仙が「賽子を振って見て」と言った。お倫が座布団の上の賽子を転がすと、それは二つとも七分賽子だった。何処でどう入れ替ったのかお倫には判らなかった。賭博は運ではなく大変な技なんだ、とお倫は初めて肝に銘じた。

 その夜は、もしやの大事を取って、お倫は廊下側の障子横に床をとり、お仙が奥の壁側に床を並べた、が、夜が更けても何の異変も無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る