幻影の医師

第1話 幻影

山陰の静かな夜、刑務所の医務室には一人の医師が座っていた。彼の名は八木健一。かつては大学病院で将来を嘱望された若き医師だったが、今は精神病受刑者が収容されるこの場所で働いている。

八木は、大学病院での激務とプレッシャーに耐えきれず、突然のドロップアウトを決意した。彼は新しい環境で再出発を図るため、この刑務所での勤務を選んだのだ。しかし、彼の心には常に疑問が付きまとっていた。「本当にこれで良かったのか？」

ある日、八木は受刑者の一人、深井という男の診察をしていた。深井は重度の統合失調症を患っており、現実と幻覚の区別がつかない状態だった。診察中、深井は突然、八木に向かって言った。

「先生、あなたもここにいる理由を知っているのか？」

その言葉に八木は動揺した。「どういう意味だ？」

深井は微笑みながら続けた。「あなたも私たちと同じだ。ここにいるのは、あなたが医者として失格だからだ。」

その瞬間、八木の頭の中で何かが弾けた。彼は自分が本当に医者として希望を抱いて刑務所で働いているのか、それとも自分もまた精神病受刑者と同じ境遇で居場所のない追いやられた医者なのか、混乱し始めた。過去の記憶が次々と蘇り、彼の心が揺らぎ始めた。