第4話 冒険者

 九鬼と共にリビングに降りてきた俺は深くため息を吐いた。


「何か朝からどっと疲れたな……」

「情けないのう。一日の始まりなんじゃからシャキッとせんか」

「誰のせいだと思ってんだよ!」


 俺が叫ぶと「いかん、時間じゃ」と言って九鬼の姿が手乗り狐姿へと縮んでいく。

 どうやら人間の姿は魔力(と呼ぶことにする)の供給が無いと一時間くらいしか保てないらしい。

 九本の尻尾をフリフリする九鬼を見てコハルが「わ、可愛い」と抱き上げる。


「おいコハル。九鬼撫でてないで学校行く準備しろよ。朝飯作っとくから」

「んー、分かったよぉ。あ、お兄、その前にお父さんとお母さんにおはよう言わないと」

「あ? あぁ、そうだな」

「お主らの親か。そう言えばまだ会っておらんな。儂も顔くらいは見てやろうかのぉ」


 九鬼の言葉にコハルはニッと笑みを浮かべる。


「きっと二人とも喜ぶよ!」




 仏壇のりんの音が狭い和室に広がる。

 眼の前にはカメラに向かって微笑む男性と女性の写真が飾られていた。

 俺たちの両親だ。


「お父さん、お母さん、おはよう。今日も私とお兄は元気です」


 親父とお袋に話しかけるコハルの背中を俺と九鬼が見つめる。

 九鬼は明らかに困惑した表情を浮かべていた。


「お主らの両親、死んでおったのか……」

「あぁ。事故でな」

「事故?」

「親父の実家に帰省する途中で、車が衝突したんだ」


 今から二年前。

 俺の両親とコハルが乗った車がトラックとの衝突事故に遭った。


 当時俺は高校三年で、受験シーズンの真っ只中だった。

 俺は勉強のため家に残ることになり、コハルと両親の三人だけで実家に帰ることになった。

 酷く凍結した路面で、前を走っていた大型トラックがスリップを起こして荷台ごと倒れた。

 両親の車は、そこに巻き込まれたと聞いている。


 車は前側の車両がキレイに潰れていた。

 運転席と助手席に乗っていた両親はほぼ即死だったそうだ。

 後部座席に乗っていたコハルだけが、奇跡的に無傷で助かった。


「ショックでコハルは事故の瞬間の記憶がねぇ。でも幸いだと思ったよ」


 きっと当時の光景は、俺の想像を絶するほどの光景だったはずだ。


「親の死の光景なんて、覚えてない方が良いに決まってる」

「そうかもしれんのう。でも、親がいなくなって、今はどうやって暮らしておるんじゃ?」

「両親の遺産だな。蓄えで暮らしてんだよ。それから、俺が掛け持ちで仕事してる。学校以外の時間は全部仕事だ。これからコハルの進学もあるし、俺の学費だってある。生活費だって貯金だけでどこまで暮らせるか分からねぇ。勤めに出るか迷ったが、今の学校を出てから就職した方が稼げると思ってな」

「ふむ……」

「とにかく金が要るんだ。人間は何をするにも金が要る」


 俺の話を聞いた九鬼は、何やら考え込んでいるように見えた。


 ◯


 電車に乗り大学へ向かう。

 小型のリュックがやけに重たく感じた。

 疲れているのだろうか。


 すると電車を降りて改札を抜けたところで、リュックが何やらもぞもぞと動くのが分かった。


「ぷはぁ! やっと着いたか?」

「おわっ!?」


 リュックから狐姿の九鬼が顔を出していた。

 目立つ九つの尾が外に飛び出し、俺は慌てて九鬼をリュックの中へ押し込む。

 押し込まれた九鬼は「痛いではないか!」とプンスカしていた。


「何するんじゃ!」

「お前こそ何してんだよ! 家で留守番してろって言っただろが!」

「どこで何をしようが儂の勝手じゃろ。言われた通りにするわけがない」

「偉そうにすんな!」


 九鬼を叱っていると周囲の視線が集まってハッと声をひそめる。


「お前……なんでついてきたんだよ」

「アキヒトの学びを見てやろうかと思うてのう。外の世界もどんなのか気になった。にしても、ずいぶん遠いんじゃのう。こんなところに毎日通っておるのか。難儀じゃな」

「実家暮らしの大学生の通学時間なんてそんなもんだよ」


 俺の家から大学までは一時間ほどだ。

 電車に乗っているのは実質三十分程度なので、むしろ通いやすい方かも知れない。


「ついてくんのは良いけど、学校では大人しくしてろよ? 動物が居るだけで騒ぎになんのに、魔物なんて知れたら大事件だ」

「仕方ないのう。なら何か馳走を用意せい」

「学食のお揚げとかでいいかな」

「儂を安く見積もっておらんか?」


 止むを得ず九鬼を連れたまま大学へ入った。

 講義室で俺が渋い顔でリュックの中を睨んでいると氷室がやってきた。


守森屋まもりやくん、おはよう」

「おう」

「どうしたの? 熊みたいな顔して」

「誰が熊だ。別に、何でもねぇよ」


 するとリュックがもぞもぞと動き、九鬼がにゅっと顔を出した。

 俺と氷室が同時に「わっ」と声を出す。


「おい九鬼! 顔出すなって言っただろ!」

「えー? つまらんのう」

「ま、守森屋くん、その狐は一体……。しかも今喋ってなかった?」

「あー、えっと……」


 面倒くさいことになっちまった。

 何とかごまかさないと。


「う、ウチで新しく飼い始めたんだよ。どうやら着いてきちまったみたいでな。カバンに入り込んでたんだ」

「喋ってたのは?」

「腹話術だ」


 我ながらかなり無理のある言い訳だったが、氷室は特に気にした素振りも無く「腹話術上手いんだねぇ」と感心していた。

 友達が純粋過ぎて胸が痛い。


「大学はペット禁止だよ?」

「分かってるって。今日一日大人しくさせとくから。内緒にしといてくれ」

「それは良いけど……」


 すると何か思い出したように氷室は「そうだ」と声を出した。


「守森屋くん、昨日あれから僕なりに色々調べて見たんだけどさ」

「調べたって、何をだよ」

「ダンジョンのことだよ。庭にゲートが出来たんでしょ? せっかくなら何か役立てられないかなって思って」

「役立つって、あんな物が何の役に立つんだ?」

「それがね、結構ダンジョンって割のいい仕事が多いんだよ」

「仕事?」


 首を傾げる俺に氷室が頷く。


「特定のダンジョンを探索したり、行方不明者の調査をしたり、魔物の討伐をしたり。EDGEのサイトで冒険者として登録をしたら仕事を受けられるようになるみたいで」


 氷室がスマホに仕事の一覧を映し出すと、確かに悪くない金額が並んでいた。

 俺と九鬼はその画面を覗き込む。


 冒険者の仕事はG~SSSまでランク分けされており、危険度に応じて報酬が違うらしい。

 一番低ランクであるG級の仕事でも一万円は稼げる。

 バイトよりもよっぽど効率が良さそうだ。


 また、別途アーティファクトの特集ページも設けられていた。

 アーティファクトは黒い箱の形をした金属製の物質らしい。


「ねっ? 上手くやればかなりお金稼げるよ」

「こんなのあるんだな」

「以前如月オトメが冒険者登録の話をしてたのを思い出して調べてみたんだ。ダンジョンの調査で写真を取るだけの仕事もあるし、これなら危険性も低いんじゃないかな?」

「なるほど……」


 間違いなく時代はダンジョン全盛期へと突入しつつある。

 確かにダンジョンがどんどん姿を現し始めている今では稼ぎの手段になりうるのかもしれない。


「守森屋くん運動神経良さそうだし、ワンチャンあるかなって思ったんだけど」

「まぁそれなりに動ける自信はあるけど、やっぱ一人で入るのは危険だな」

「やっぱりそっかぁ」


 少し考え、俺はポロリとこぼす。


「せめて強力な助っ人でもいりゃ話は変わるかもしれねぇけどな」


 そんな俺の顔を、九鬼はリュックの中からじっと見つめていた。

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