第36話:未来と破滅の輪舞―裂

 ソレがまとう気配はもはやひとのそれではなかった。

 ヴァイオレット『だった』オンナは手に持つ魔剣の切っ先をおもむろに、優しく床へと触れさせる。

 直後、黒い花嫁を囲う檻のように泥が隆起、それは螺旋を描きながら頭上高く舞い上がった。


「「――『起動ブート』……対神剣イモータルキリングプログラム、有効アクティベーション――実行ファイア」」


 黒の螺旋からひとの腕ほどもある杭が一斉に発射された。

 黒髪が跳ね、灰色と白銀の軌跡が空を舞う。

 迫る杭を全力で回避、躱しきれないと判断したものは叩き落す。

 しかし、ウツロや神剣越しにも変異触媒の侵食を受ける可能性がある。

 如何に剣の腕前があろうとひとの目に捉えられぬナノマシンはいつどこから体内に入り込んでくるか分からない。

 一瞬でも判断を誤れば勝負は一瞬のうちに決着してしまう。


 とりわけ、今のフラクは浸食を受けるわけにはいかなかった。


『マスター、さっき呑み込まれたのでかなり時間を押しちゃってる……これ以上はもうダメ。あの黒いヤツの攻撃を一つでも貰ったら終わりだから』

「無茶を言ってくれる……っ!」

『それでもやって。じゃないと――この戦いは絶対に勝てない』


 これまでずっと黙していた……いや、『集中のあまり』口を開かなかった剝界が警告してくる。

 つまり、もうそれだけ余裕がないという最後通告。


 フラクは迫る杭の軌道、最適な位置取りを見極めながら、神がかった技量で躱し続ける。

 

 だが、着弾した杭はその場で小さな黒い水溜りのように残り続け、フラクの足場を少しづつ奪っていく。それを跳躍して躱そうとすれば格好の的だ。

 フラクは黒い花嫁を見据え、真っ直ぐカノジョへと駆けた。


「「――自ラ、ホロビを選ブのか」」

「そんなつもりは毛頭ない」


 フラクはこれまで、自分にどこまで無頓着だった。他人への干渉も最小限。いずれ消える自分には、繋がりなど不要と切り捨てた。


 いまにして思えば、それはただ、自分を罰したいという逃げでしかなかった。

 失われたモノを受け入れられず、ただ自罰に走って逃げていただけ。


 だが、どれだけ孤独になろうとも、どれだけ拒絶しても、フラクは決して独りにはなれなかった。


 ……俺はクズだが。


 ずっとフラクを気に掛けてくれていた、大事な家族が目の前で囚われている。

 それも救えず、ただの逃げでしかなかった自滅など選ぶことなどできるはずもない。


 ……間違えるな。


 この命/イノチは!


「俺は――武霊契約者ひとの守護者だ!」


 必ず二人を取り戻す!!


 漆黒の杭を紙一重で回避。螺旋は上部に行くほど太くなっている。射出される箇所は中程から上。花嫁の周囲からは一度も発射されていない。フラクは花嫁の外周を周り、その攻撃範囲を把握。目算だが、螺旋からおよそ3メートル以内は、あの杭の射程圏外。


 一気に花嫁との距離を詰める。

 花嫁との距離は2メートル。もうすぐこちらの間合い。


 しかし、


「「再構築セット――解放ゲートオープン」」


 しかし、黒い螺旋は一気に弾け、周囲にいくつもの黒い沼を形成。


「「――迎撃兵ディフェンスドールシステム、有効アクティベーション」」


 ずるりと、沼の中から数十体の呪形者が出現した。


 それはフラクの進行上にも出現し、花嫁との間に割り込まれてしまう。

 例の醜悪が外見をしたヒト型呪形者。しかしその手には花嫁が持つ黒い剣を酷似した武装が握られている。加えて、前の個体と比べて明らかに腕や脚が一回り太い。


「「同期シンクロ――」」


 花嫁が腕を持ち上げる。

 直後、呪形者が一斉にフラクに向けて突進してくる。

 以前に対峙した連中よりも格段に動くが早い。

 

「ちぃ――!」


 フラクは呪形者を回り込んで花嫁への接近を試みるも、幾重にも重なって振り抜かれる黒い剣の波状攻撃に後退を余儀なくされる。


 ……面倒な!


 神剣を抜けないフラクは呪形者に対抗する術を持っていない……いや、まったく手がないわけではないが。


「数がもつか……」


 フラクは剝界を腰に戻し、使い慣れたウツロを手に、空いた手に聖霊結晶を握り込む。


「――ふっ!!」


 手前の呪形者の核に聖霊結晶を叩き込む。

 瞬間、呪形者は痙攣してその動きを止め、核の守りが一時的に消滅。

 フラクはウツロを振り抜き、相手の核を破壊した。


 自前と騎士隊から譲ってもらった聖霊結晶の残数……それがこの場を凌ぐフラクの命綱だ。


 一発も無駄にはできない。


 上段、下段から同時に繰り出される呪形者の剣を身を、あえて前に飛び出すことで躱し、すれ違いざまに聖霊結晶を叩き込んでウツロで核を破壊する。


「「対象の戦闘ノウリョクをジョウホウ修正――メタモルバグの戦術システム――更新アップデート」」


 しかし、フラクの能力を数値として割り出した花嫁は警戒をより強め、呪形者の体内のナノマシンに組み込まれた対人戦用システムをより最適化していく。

 これにより、先ほどよりも格段に動きの練度が上がり、でたらめに振り回されていた剣は、技術で以て繰り出される技へと昇華した。


「遅いっ!」


 しかし、フラクの目にはすべてが視えていた。

 如何に相手の技量が上がろうと、あの聖徒会長であるエンティの連撃には到底及ばない。

 フラクが警戒すべきは単純な物量の多さを一気にぶつけられること。


 それを、フラクは適度に相手をばらけさせ、徹底して一箇所にはとどまらずに相手を翻弄し続ける。


 その間にも、フラクは聖霊結晶とウツロの連携で呪形者の核を的確に破壊し、その数を減らしていく。


「「……」」


 その様子を、花嫁は黙して観察している。


 呪形者を生み出すためには変異させる生身の素体が必要だ。なによりナノマシンを統率する核が破壊されては制御もできない。如何に優れた技術の結晶もこれではただの微細な鉄の粉と変わらない。


 フラクは、魔剣という特異な存在が倒れた呪形者さえ復活させてくるかもしれないと懸念していたが、さすがにそこまで万能というわけではないようだ。


「「――対象ターゲット、疲労度ノ蓄積をカクニン……ギモン……ナゼ神剣のシュゴケッカイをツカわない……?」」

「答えてやる義理はない」


 そう、これまでフラクは剝界の鞘の力を一切使っていない。

 花嫁はフラクの前回の戦い方と今回の戦い方に認識の齟齬があることを懸念する。


 が、仮にあの結界能力を使われれば如何に感染力を高めた変異触媒でも内部への侵入は容易ではない。


 もっと物量で押していけばいずれ体力の限界の訪れたフラクに致命的な一撃を与えることができる。


 そして、それはそう遠くないうちに訪れるはずだ。

 如何にフラクが規格外な戦闘能力を有していようと所詮は人間。なにかアレからは常に妙な気配が漂っているが、今の花嫁には直観などと言う非科学的な根拠に基づく行動選択はありえない。


 使わない……あるいは、使えないのか。

 いや、仮に使われたとしてもあれがフラクの体力を大幅に消耗させることは記録済み。

 逆に更なる攻勢を仕掛けてあの能力を使わせた方が花嫁にとって有利まである。


「「領域分割パーティション……操作処理コントロールリソースを疑似拡張……」」


 花嫁は自身の内部で先程まで呪形者の核と同期していた処理領域を分割。それは繊細な操作性を損なう代わりに、


「「再構築セット――対神剣イモータルキリングプログラム、再起動リブート――実行ファイア」」


 花嫁の周囲を囲むように螺旋状の泥が舞い上がり、再び杭が射出される。


「――っ!!」


 先程よりも太さ、発射速度や連射性は目に見えて落ちているが、フラクは呪形者と杭を同時に対処することになり、より精神を研ぎ澄ませる。

 既に額からは滝のように汗が流れ落ち、僅かな休息もないまま常に動き続けるフラクの躰には着実に疲労が蓄積していた。


 花嫁の狙い通り。


 決してひとつひとつの攻撃は脅威ではないが、ここまで物量を重ねられると、


「っ!?」


 間一髪。フラクの黒い髪を呪形者の剣が掠めた。

 しかし次の瞬間には聖霊結晶をぶつけて攻撃してきた呪形者を逆に切り捨てる。


「――はぁ……っ!」


 フラクが強く息を吐き出す。

 腹にぐっと力を込めて、一直線に前へと飛び出した。


 呪形者の隙間を抜け、躰を滑らせ杭を避ける。

 杭はその威力や連射性が落ちているのと同時に、先ほどよりも射線の角度が大きく外側へ広がり、内部の間合いはいまや5mにまで拡がっている。


「「またオナじ戦術」」

「いや……」


 花嫁は突進してくるフラクを迎撃するために、螺旋を大きくたわませる。

 杭は確かに射線の関係上フラクを狙えない。しかし、この黒い螺旋自体がカノジョにとって危険な変異触媒の塊だ。一気に破裂さえて泥をまき散らすだけで、けん制することができる。


 が、フラクはガッと脚を止め、剝界を再び腰から抜く。戦いの余波で砕けた床材をウツロで跳ね上げ、宙に浮いたそれを剝界で花嫁に向かって叩きつける。

 床材は砕け、破片が花嫁へと殺到した。


「「ッ!」」


 ここにきて初めて花嫁が動いた。

 手にした黒い剣を振るい、破片をはたき落とす。


 しかし、その全てを防ぐことはできず、カノジョのむき出しになった白い肌に破片による裂傷が刻まれた。


「「……肉体ボディニ損傷をカクニン……結界バリア領域を拡張……個体名称:ヴァイオレット・バルバスの浸食レベルを上昇」」


 途端、黒い剣から伸びた触手が花嫁の胸の中心に突き刺った。


「なに?」


 まるでなにかを注入するように、触手はどくどくと脈打つ。


 すると――


「っ!?」


 ズポッと引き抜かれた谷間に開いた穴から、鮮血と共に黒い結晶が露出。

 花嫁の躰から黒い靄が溢れ、それは球状に収束。花嫁を囲むように展開されたそれは、呪形者を守る瘴気の結界と酷似していた。


「まさか、バルバス嬢が呪形者に……」


 いや、それにしては様子が変だ。

 肉体的な変異はほとんど見られない。通常、呪形者へ変貌する際はおよそ元がひととは思えない醜悪な姿になってしまう。

 しかし、今のカノジョはほとんどひとの姿を保ったまま、まるで雰囲気だけが変わっていた。


「「対象の脅威度ヲ更ニひきあげ……警戒レベルを5段階中4ヘ上昇――白兵戦ソルジャープログラム……有効アクティベーション」」

「――っ!!」


 直後、花嫁は泥の檻から一歩踏み出し、エンティにも引けを取らない踏み込みでフラクに突進してきた。


 咄嗟に、フラクは足裏に力を入れて床を蹴り、左に躰を投げ出してそれを回避。

 花嫁とすれ違った直後、カノジョの走った軌跡に黒い泥が溢れ、


「なっ!?」


 そこから四方に向けて黒い杭が発射された。

 身を投げ出してそれを躱す。

 それでもかなりギリギリだった。


 しかも、


「「――第二撃セカンド・アタック――実行」」


 再び、花嫁が突進の構えを取る。

 加えて、周囲の呪形者たちまでもがフラクの周囲に集まり、黒い剣を振りかぶる。


「っ、まだ!」


 剝界をすぐさま腰に戻す。

 フラクは囲みが完成する前に、最も手前の呪形者複数に聖霊結晶を叩き込み、核を破壊して呪形者から距離を取る。


 花嫁を見据える。確かに初撃では不意を突かれたが、直線の攻撃なら躱すのはたやすい。

 あとは、軌跡から繰り出される杭の攻撃さえ警戒していれば、そこまで脅威のある攻撃ではない。


 フラクは相手の動きを見極め、突進してくる機会を窺う。


 果たして、花嫁は再び強烈な余波と共にフラクに迫ってくる。

 それを躱そうと、フラクが躰を動かした瞬間、


 ガクン――


「っ!?」


 フラクの膝から、突如として力が抜けた。

 カクンと傾く躰、迫るは黒い花嫁。

 

 直後――真っ赤な鮮血が、宙を舞った。

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