武霊学院の最底辺―古代超文明の遺跡で伝説の『神剣』を見つけたけど、用はなかったので置いてきたら後日ソイツに襲撃されることになりました
らいと
第1話:神剣いらない
青白く光る石壁が、狼の頭部を持つ異形を照らす。
幾何学模様に発光する『鋼鉄の外皮』に覆われた
有機物と無機物が混じり合った怪物――『
ソレは眼前のオンナに殺意の一撃を見舞った。
「――っ」
繰り出される狂爪がカノジョの服を浅く引き裂く。オンナの肌が外気に晒された。怜悧そうな黒い瞳が不快に歪み、花弁のような唇から「ちっ」と汚い舌打ちが漏れる。
カノジョの手にはひと振りの剣。華美な装飾に彩られたそれは……しかし切っ先から柄の先端に至るまでが鈍い灰色。
黒い生地のジャケットに白い装飾の施された『男物』の制服は、どころどころ裂けて白い肌が覗いていた。
しかし、カノジョの見えている肌には一筋の傷跡もなく、全て紙一重に敵の攻撃を躱してきたことが窺える。
濡れ羽色の長い髪が光を吸いながら空を流れた。カノジョは『斬れぬ』剣の柄を握りしめ、大ぶりの一撃でがら空きになった異形の胴体目掛けて刺突を放つ。
鈍色の軌跡を描き、切っ先が強靭な外皮にできた僅かな隙間へと滑り込む。
生き物を貫くのとは別種の異質な感触が柄から
直後――ガキンという硬質な音を立て、異形の内部で核が破壊され、狼人間は膝から崩れ落ちる。
ヒリつくような空気を纏ったオンナは、だらんと力なく動かなくなった骸から剣を抜き放ち、すぐに構えなおす。
倒れる遺跡獣の背後。光る通路の奥から低い唸り声がいくつも木霊していた。まだ、戦いは終わっていない。
「ふぅ~……」
古代の遺跡に侵入して今日で丸三日……オンナは肺から大きく息を吐き、視界に映り込んむ新たな脅威に戦闘態勢をとる。
……深い。どこまで潜ればアレはある。
水も食料も潤沢ではない。少しでも判断を誤れば餓死する事になるだろう。
今日は新たな区画に侵入し、見慣れない
だが、この遺跡に単独で潜り始めてもうすぐ半年が経過する。
学院にここの存在を知られてしまえば、大規模な調査隊が派遣されることになるのは目に見えている。
……その前に、ここに眠る遺物にたどり着かなければ。
この遺跡に関する文献を発見できたのは偶然だ。暇つぶしに学院の司書をたぶらかして侵入した禁書庫。そこでこの遺跡の詳細な位置と、最奥に眠る遺物についての記載を目にしたのがことの始まり。
未知の技術で建造された古代の地下遺跡。
ひとの手によって切り出されたにしては、あまりにも滑らかな光沢を放つ鋼鉄の壁。
ヒカリゴケのような淡い光とは異なる、くっきりと辺りを照らすことができるほどの照明。
遥かな古に忘れられし、高度な文明の残り香がここにはあった。
そして……外界を跋扈する人類種の脅威『
――『遺跡獣』。
彼らは遺跡と遺物を守る番人。しかし不可思議なことに、遺跡に安置された遺物が外に持ち出されると、その一切が消滅。同時に遺跡も光を失い、ただの鋼鉄の箱となってしまう。
遺物と遺跡は二つで一つの存在。
オンナ――フラクはこの遺跡の最奥に安置されている遺物に用があった。
「邪魔をするなら……排除する」
行く手を阻む遺跡獣。およそまともな生物には見えない異形の群れ。フラクは斬れぬ灰色の剣を手に、硬質な地面を駆けた。
・・・
――遺跡に単身で乗り込むなど、ただの自殺行為。
侵入者を排除するために、無尽蔵に湧き出す遺跡獣の群れ。行方を阻み、時には命も落とす陰湿な仕掛けの数々。内部は複雑に入り組み、方向感覚を狂わせてくる……遺跡の危険性は挙げればキリがない。
どれだけ腕に自信のある
が、遺跡内部全域が危険なわけではない。中には古代人が生活していたと思われる居住区跡があり、そこには遺跡獣も姿を見せず、入ってくる心配もない。
が、当然ながら水も食料もあるはずはなく、行軍のためには糧を持ち込む必要がある。
フラクは新たに開拓した区画の居住区跡に滑り込み、ひと時の休息を得た。
手書きの地図に書き込まれた遺跡の通路。遺跡獣たちを相手にしながら、通路や各部屋の位置関係を脳裏に叩き込み、安全地帯で記録する。
狭い通路では遺跡獣をかわすことは難しく、侵入可能な部屋を幾らか経由することで戦闘を回避する。当然、居住区跡以外の部屋には遺跡獣が入ってくるため、確実とはいかないが。
それでも半年。たった一人でここまで遺跡を踏破できた探索者は数えるほどだろう。
尤も、カノジョの本業はそちらではないのだが……
学院を抜け出し、授業も課題も蹴ってこの遺跡に潜り続けたが。
果たして――フラクはついに遺跡の最深部と思われる部屋へと辿り着く。
「ここか……」
遺跡に潜ってから五日。狼人間を始めとした遺跡獣たちとの戦闘を経て、フラクが発見した部屋は、無機質な白い壁に囲まれていた。
照明と呼べるものは最小限。足元が仄かに発光しているように思われる。
視界の先。フラクの目に飛び込んできたのは、探し求めていた遺物であった。
「見つけた」
カノジョが腰に掃いた、抜き身の灰色剣とは比較ならない、神々しい黄金色の燐光を帯びた剣と鞘。
純白の中に、空を思わせる青の線が奔った刀身、柄に埋め込まれた蒼い宝玉が、脈動するかのように明滅している。
何物の支えもなく虚空に浮かぶソレは、巷で『神剣』と呼称される遺物で間違いなかった。
刀身と同様、真っ白な下地に青の軌跡が踊る鞘は、剣と交差するように空中で静止している。
フラクはおもむろに神剣へと近づき。胸元の高さで静止したソレを見つめた。
遺跡に関する文献は紛い物も多いと聞いていたが、アレはアタリだったようだ。
半年という時間を掛けて、よもや偽情報を掴まされたのだとしたら、フラクは学院の図書館を焼き払う決意をせねばならかったところだ。
「さて」
改めて神剣を視界に収める。淡い黄金色の燐光は目を引き付けるが、うかつに触れてはならない。
遺物は、強力な結界に守られていることがほとんどだ。発見したことへの衝動に任せて触れようものなら、いったいどんな末路を辿るか想像もできない。
とりわけ、神剣は手にする者を選別するという。
不適格者が触れれば、その身を焼かれて灰になる……
フラクは一歩、神剣へと身を寄せ、白骨化した遺骸のような部屋の天井に向けて声を張り上げる。
「フラク・レムレスがここに、神剣の担い手であることを証明する!!」
途端――
【生体反応を感知――組織情報を取得します】
ひび割れたオンナのような声が部屋中に響き渡った。
同時に、壁からいくつもの光の帯が伸び、フラクの体を貫いていく。しかし痛みはなく、カノジョは遺跡からの審判に身をゆだねる。
【情報取得完了――適正資格を検知――新規マスターの申請登録を実行しますか?】
「頼む」
【承認しました――該当個体と神剣を同期します】
神剣がひときわ眩い光を放つ。直後、フラクの胸と神剣との間に光の線が結ばれた。
体が熱を帯び、手の甲で白く紋章が浮かび上がる。それは徐々に肌を焼き、激痛へと変わっていく。
「あ、ぐ……」
フラクを思わず手首を押さえてうめき声を上げた。
【3、2、1――同期完了――防衛機能を停止します】
声と共に肌を炙っていた熱が一気に引いた。剣と鞘を覆っていた黄金色の燐光は霧散。フラクの耳に、先ほどとは別の声が届く。
【――はじめまして。そしておめでとう、新しいマスター。よくここまで辿り着けたわね】
ショウジョのような声。発生源は神剣の柄に埋め込まれた蒼い宝玉。声が発せられる度に、蒼い玉は明滅を繰り返す。
【さぁ、ワタシを手に取って――】
まるで喜びを表すかのように、宝玉が強い光を発した。
しかしフラクは……抜き身の剣には一切目もくれず、
【あれ……?】
その傍らに浮かぶ鞘を手に取ると、
「さて、これで用は済んだな」
【……え?】
カノジョは、神剣の刀身を手に取ることなく、そのまま踵を返す。
【ちょ、ちょっと待って? え、うそ? 帰るの? ワタシは? ワタシは!?】
虚空に浮いたまま、置き去り(?)にされようとしている神剣。
ショウジョの声は慌てた様子でフラクを引き留める。
フラクが声の方へと首だけで振り返ると、剣はホッとしたような安堵を見せる。
……しかし、
「悪いがお前に用はないんだ。別の使い手が見つけてくれるまで、ここで眠っててくれ」
言い放ち、フラクは今度こそ部屋から出ていってしまった。
ポツンとその場に残された真っ白な剣は、しばし無言のままフヨフヨと浮かび続け――
【はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っっっ!?】
と、遺跡全域へと響き渡ったのではないかというほどに、絶叫した。
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