7 全国事件手配

島本刑事が各道県警に相談された事件に対する見解を回答し、同時に白神柏人しらかみはくとの関与が疑われるので調べてほしいと頼んだところ、続々と情報が寄せられたそうだ。


いつも行っている小料理屋に私と立花先生が招かれ、島本刑事が経緯を報告してくれた。


「昨年十月の盛岡市の事件に関してだが、事件があった日、つまり法医学地方集会が開催された日の前夜、白神はホテルを出たまま戻って来ず、早朝六時頃に戻って来て、朝八時過ぎにチェックアウトしたことが確認できたそうだ。白神は地方集会の会場以外では陸羽医科大学の先生方とは別行動をとっており、前日から早朝にかけての行動は誰も知らなかった」


「はっきりした証拠は見つかりませんでしたか?指紋とか」と私は聞いた。


「現場にあった一升瓶には死んだ浮浪者の指紋しか着いていなかった。その日本酒は紙に巻かれて販売されているんだが、その紙もコップも現場にはなかった。浮浪者の胃からは鶏肉やスルメのようなものが見つかっているが、食べ物や容器もなかった。犯人が持ち去ったのだろう。・・・白神がホテルに帰った時は手ぶらだったようだから、犯人だとしたらどこかに捨てたんだろうなあ」


「証拠はないけど、少なくともアリバイは成立しないね」と立花先生。


「昨年の十二月の鹿児島の事件については、白神が事件の前後に宮崎市、都城市、鹿児島市などのホテルに泊まっていることが確認された。事件の前日に都城市でレンタカーも借りていた。しかし被害者との接点は居酒屋だけだったようで、白神が借りたレンタカーの内部も調べたけど、九か月も経っていて証拠になりそうなものは何も見つからなかったようだ」


「こちらも状況証拠だけですね」


「二月の北海道の事件についてはかなりわかってきた。被害者はレストランの経営者。死亡した日の前日は定休日だったが、家人の話では仕事があると言って外出したそうだ。レストランは裏手の勝手口が開いていたが屋内に異常はなかった。ただ、食糧庫に新しいワインが一ケース置いてあったそうだ」


「ワイン。・・・輸入ワインですか?」


「うん、シャブリというフランスの白ワインだ。・・・そして店の裏手は駐車場になっているが、傍らに木造のがっしりした倉庫があって、その扉が半開きになっていた」


「倉庫ですか?」


「そう。木箱やら空の酒瓶などを置いておくところだ。妙なことに倉庫内には割れたワイン瓶の欠片が散乱していたようで、一部は片づけられていたがまだ小さな欠片が落ちていた。そして扉の内側には何かをぶつけたような凹みがたくさんあった」


「倉庫内には暖房があるのですか?それから扉の鍵は?」


「倉庫内にはストーブなどはなく、冬場は戸外と同じ気温まで下がるようだ。窓はない。そして扉の鍵は、外側から閂と南京錠をかけるようになっていた」


「閂をかけてしまえば、力ずくでは開かないような頑丈な扉でしょうか?」


「そのようだね。・・・倉庫の中に閉じ込められて体温が下がったのかな?」


「そうでしょうね。・・・もし法医学の実験、つまり凍死する寸前に矛盾脱衣をするか確かめようとしたのなら、犯人は被害者を倉庫内に閉じ込め、夜中に様子を見に戻って来たのかもしれません。しかし被害者はまだ生きていて、扉が開いたのに気づくと自分の車に乗り込んで、自宅に帰ろうとしたのではないでしょうか?」


「目の前にレストランがあるのに、そこで暖を取ろうとしなかったのかな?」


「これは想像ですけど、低体温で朦朧としていて正常な判断ができず、ただただ帰宅することばかり考えていたのかもしれません」


「そして自宅の直前で車が道路から外れ、車外に出て間もなく凍死したということかな?立花先生はどう思う?」


「医学的にはその可能性はあると思う」


「白神が犯人だとしたらどういう状況が考えられる?」と島本刑事が私に聞いた。


「白神がワインの顧客である被害者のレストランへワインを一ケース運んで来ました。おそらく鉄道便で送られて来たワインを、レンタカーでレストランまで運んだのでしょう。そして被害者に受け渡した後で、空瓶があれば持って帰るとでも言った」


「それを真に受けて空瓶を取りに倉庫に入ったら、外から鍵をかけられたということか。・・・車に置いてあったというジャンパーは?着ていたのかな?」


「これも想像ですが、元々犯人は被害者にジャンパーを着させずに倉庫内に入らせ、閉じ込めて凍死させることを考えていたのでしょう。夜中に再び訪れて、倉庫内で矛盾脱衣の有無を確認したら、被害者の車に乗せてどこか戸外で遺体を遺棄するつもりだったのかもしれません。その時ジャンパーがないと不自然なので、遺体のそばに残しておくつもりで車にジャンパーを入れて置いたのではないでしょうか」


「しかし被害者は死亡していなかった」と立花先生。


「そうです。被害者は朦朧としながら開けられた倉庫の入口から出て来て、犯人に気づかずに自分の車に乗り込んだ。遺体を温めないよう車の暖房は切っておいたのですが、被害者は寒さを感じなくなっていて、暖房を付けずに帰って、自宅に向かう途中で力尽きたのでしょう」


「その説明で矛盾はないと思うが、証明できるかな?」


「犯人が手袋をしていたら、指紋は残ってないでしょうね」


「白神が泊まっていたホテルは?」と聞く立花先生。


「夜中に用があると言ってホテルを出たが、一時間余りで戻って来たそうだ。状況的には怪しいが、犯行の証明はできない」


「・・・そうですね」


「次は四月の神奈川県の事件・・・桜の木の下に遺体が埋められていた事件だね」と立花先生。


「神奈川県警に調べてもらったところ、遺体の発見現場は白神の実家の近くだった。白神は休日に実家に帰っていたと両親が証言した。・・・そして、被害者の男性は、白神と同じ小学校の出身だった」


「知り合いだったのですか?」


「そこは確認されていない。白神の先輩に当たる人物で、学年が違うから、顔見知りですらなかったのかもしれないね。中学、高校も違っていたそうだ」


「神奈川県の出身なのに、東北の大学の法医学教室に就職したのですか?」


「最初から法医学教室への勤務を希望していたのなら、求人していた大学がそこしかなかったのかもしれないね」と立花先生。


「僕たちの業界は狭く、就職先は多くないからね」


「この事件も白神と関係がありそうなんだが、確実な証拠がない」と島本刑事。


「次は六月の奈良の事件だね」


「白神が事件が起こった日の前後に奈良県へ出張していたのは確からしい。ただし、現場や被害者との明らかな接点は見つかっていない。現場に犯人らしき者の指紋もなかったようだ」


「白神は、一般家庭を訪問して輸入ワインを売り込むような営業はしていなかったのかい?」


「高級なワインを扱っていたから、一般人には手が出しにくいんじゃないかな?しかし地方の酒屋への営業も行っていたみたいだから、近所の酒屋で被害者の情報を知ったのかもしれない」


「被害者はワイン好きだったのかな?」


「その点は奈良県警に言ってもう一度確認してもらおう」


「そして八月の鳥取と島根の事件か」


「白神はやはりこの時期に鳥取県の鳥取市から、米子市、島根県の松江市などを営業して回っていた」


「米子市の事件では、一軒家で発見した首吊り死体を解剖していたね?白神が直接訪問するような家でなさそうなら、やっぱり遺体を偶然発見して解剖に及んだのだろうね」


「松江市の事件もそうですね。お堀で水死した被害者を偶然発見して、犯人らしい人物にアリバイ工作を働きかけたと考えましたが、最初から殺人を計画して関与していたと考える根拠はありません」


「以上をまとめると、どの事件にも共通して言えることとして、事件発生時に少なくとも同じ町に白神がいた可能性が高い。しかし、限りなく黒に近いと思われるけど、実際に手を下した明確な証拠がない」と島本刑事が言った。


「それではどうするのですか?」


「まだ逮捕状を取れる段階じゃないから、白神の指名手配は出せない。そこで事件があったところの警察本部から他の都道府県の警察本部へ白神の捜索と取調べの依頼を出してもらう。その上で重要参考人が同じ白神であることから、合同捜査本部を立ち上げることになるかもしれない」


「白神が行方不明になっている現在、全国的に捜索しなければなりませんから、事件が起こってない地方にも協力を求めることが必要ですね」


「その際、法医学の実験を行った可能性があるとの意見書を立花先生に書いてもらい、全員に説明する必要があると思う」


「準備は手伝うけど、僕より有田教授の名前で意見を書いた方がいいんじゃないかな?説得力が違うから」と、立花先生は所属する明応大学医学部法医学教室の教授の名を出した。


「なるほど。それでは明日にでも有田教授にお伺いを立ててみよう。・・・説明用の書類を作りたいので、協力してもらえるかな?」


「もちろん」と立花先生が快諾した。




それから半月が経過した十月初旬にその後の経緯を教えてもらった。いつもの小料理屋でのことだ。


「つい先日合同捜査会議が開かれ、全国の警察の刑事部長または刑事調査官を集めてこれらの事件が連続殺人・死体損壊事件の疑いが濃厚であることを説明した」と島本刑事が言った。


「大会議室に全国の警察からの出席者が集まって、壮観だったよ」と立花先生。


「正面に警察のお偉いさんが並び、その端に島本刑事と有田教授が座っていた。僕も会議室の隅に陪席させてもらったんだ」


「まずお偉いさんが演説してね、それから僕が出席者全員に資料を配って君たちに相談した六件の事件の類似性と、白神という男が同時期に各地にいたことを説明したんだ」と島本刑事。


「法医学の実験と考えられることは立花先生に資料をまとめてもらって、それを有田教授に説明してもらった」


「みなさん納得していただけましたか?」


「ああ。本当に実験なのか疑う出席者もいたけど、被疑者の白神についても説明したら、最終的には全員が納得した」


「被疑者について新しい情報はありますか?」


「うん。白神は高校生頃から推理小説にはまって、法医学についても知ったようだ。しかし本人は医学部を受験することは早々に断念して・・・入試の倍率が厳しいからね・・・工学部に進学したけど、法医学教室には医師だけでなく他学部出身者も勤務していることを知って、全国の法医学教室で求人があるか調べたそうだ」


「それで陸羽医科大学の法医学教室の解剖助手になったんですね?」


「そう。執刀医にはなれないといえ、念願の職場に就職でき、当初は張り切って法医学について勉強していたようだ」


「その様子は僕と島本刑事が、合同捜査会議の前に陸羽医科大学の法医学教室を訪れて確認して来たよ」と立花先生。


「僕は向こうの教授と直接の面識がないから、最初は有田教授に行ってもらおうとしたんだけど、面倒くさがって結局僕に丸投げされたんだ。緊張したよ」


「先方の教授は白神が勉強熱心だったことを知っていた。そこで白神に、『医師でも教員でもないのになぜそんなに勉強するんだ?』と尋ねたところ、『基本的な知識があれば解剖時に役に立つ』と答えたので、教授は感心したそうだ」


「そんなに熱心だったのに、退職してしまったんですね?」


「調べたところやはり親の借金が原因だったようだ。解剖助手の給料はそんなに高くなかったので、金持ちや医者に輸入ワインを販売して、最近羽振りがよくなっていた輸入会社に転職した。そこは歩合給もあって、販売実績が上がればそれなりに稼げたようだ」


「でも、好きな法医学の道が閉ざされたんですよね?・・・そのことが罪を犯してまで法医学の実験を行った理由なのでしょうか?」


「そうかもしれない」と立花先生がうなずいた。


「とにかく上記のことを合同会議で島本刑事が説明して、まだ逮捕状は出せないが全国の警察を総動員して白神の行方を捜し、見つけたら尋問するよう通達が出された。・・・会議の後で各事件の関連性に気づいた島本刑事は褒められ、有田教授も感謝されていたよ」


「島本刑事の名声がますます上がりましたね」と私は冗談を言い、島本刑事は頭をかいた。


「みんな、君たちの協力のおかげだよ」


「立花先生は有田教授にいいところを全部持って行かれたんじゃないですか?」


「まあ、僕が説明するよりは信憑性が高まったろうから、その方が良かったと思っているよ」


「それはともかく、これで近いうちに白神の身柄が確保されることだろう」


「また、新たな事件が起こってもいけませんからね」と私は言った。


「さすがに警察から逃亡しながら犯行を繰り返すのは難しいんじゃないかな?」


「そうだな。どうせどこかの安宿にでも身をひそめていることだろう。法医学地方集会での記念写真から白神の顔写真も入手できたから、隠れ続けることはできないさ」と島本刑事が言った。


これで私はこの全国連続殺人・死体損壊事件とは関係なくなったと思った。後は警察の仕事だ。


一方、私は明応祭(明応大学の大学祭)に出すミステリ研の機関誌の原稿を完成させなければならなかった。ミステリ研の部員とともに、機関誌の準備に追われる日々が続く。


そして再び白神と関与するようになるなんて、その時の私にはまったく予想ができなかった。

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