第2話 特殊能力

「やっぱりね、あんた、最初に会った時、私の声が聞こえてたでしょ?」

「え?」

「聞こえてたのよ。私に意識を集中して見て」


 私はメリーに意識を集中した。


(聞こえるでしょ?)

「聞こえる!」

(口に出さなくても、直接私に話しかけられるわよ。やってみて)

(こ、こんにちわ)


 メリーが爆笑した。地面を叩き尻尾を震わせて笑っている。


(仕方がないじゃない。初めてなんだから、挨拶しか思いつかなかったの!)


 もう、そこまで笑うことないじゃない。

 テトがキョトンとした顔をして見ている。


「この子ったら初めてのテレパシーで『こんにちわ』って言ったの。もっと気の利いた事が言えないの?」


 涙目になりながら、クスクスと笑っている。


「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃない」

「ま、初めてなんて、そんなもんだべ」

「テトにもテレパシーで話しかけてみて」笑いの収まったメリーが言う。


(テト、聞こえますか?)

(ああ、聞こえるだ)

(テトの声も聞こえます!)

(今は近くじゃないと聞こえないけど、そのうち、遠くの声も聞けるようになるわ。さ、テレパシーを切って)とメリー。電話線をハサミで切る絵を思い浮かべたらテレパシーが切れた。スマホを使わずにコミニュケーション出来るなんて、超便利!


「テレパシーはむやみに使わないようにね。間違って危険な相手と接触したら大変だからね」

「危険な相手って?」

「そうね、テレパシーを辿ってあなたを餌にしようとする魔物がいるかもしれないでしょ。出来るだけ、ひっそりと生きていた方がいいわよ。無論、あなたがこの世界最強の生物なら問題ないけど、ホホ」


 メリーの皮肉は、地味に堪えるなあ。話題変えよう!


「えっと、テトはずっとここに住んでいるんですか?」

「わかんね。気がついたらここにいた」

「ここはレンジュの樹海って呼ばれているの、この樹海がテトの縄張りよ。テトは縄張りに異変があるとすぐにわかるのよ。昨日、変な気配を感じて、行ってみたら、あなたが倒れていたの。あなたから邪悪な気配を感じなかったから、テトはあなたを助けたってわけ。テトが助けなかったら、あなた、魔物の餌になってたわよ」

「あ、ありがとう」

「はは、助けられて良かっただ。あ! あんたの荷物、バトラー、荷物を出してやってくれ」


 空中から私の水色のトランクとバックパックが!

 やっぱ、異世界だわ。これも魔法なんだろうな。向こうの世界じゃありえない現象!


「アズサ、荷物仕舞いたくなったらバトラーって呼べばいいだよ。バトラーにはアズサの呼び掛けにも応えるよう言ってあるだ」

「ありがとう。バトラーさん、宜しくお願いします」

「はは、アズサは律儀だな。バトラーも宜しくとよ」


 テトは本当にいい巨人なんだな。ここに落ちて来て良かった。

 テトのエメラルド色した体はこの密林で目立たない色なんだろう。

 ブラックダイヤモンドのような角。落ち着いてみて見るととても綺麗だ。もしかしたら、ダイヤモンド並みに硬いのかもしれない。

 ブラックダイヤモンドのメレも今回のターソン遠征で仕入れた。

 先輩が業者に流暢な英語で値切ってたっけ。


「あ、そうだ、スマホに先輩の写真があるの」


 バックパックからスマホを出して、メリーとテトに写真を見せた。


「ふーん、これがあんた達の魔法なのね。すごいわ!」

「んだ、んだ」

「もし、この樹海に先輩が現れたら教えて下さい。可能性は低いけど。私、先輩と一緒に元の世界に戻りたい」


 胸が一杯になる。思わず涙がこぼれた。

 メリーが前足を膝の上に乗せてきた。慰めてくれているのだろう。


「どんな状況だったの? こっちに来た時」


 涙を拭いて息を吐き出した。落ち着こう。


「私と先輩は向こうの世界で」


 宝石を扱っていた話、してもいいのかな?

 とりあえず、スルーしよう。


「ちょっと変わった石に触ったんです。真っ黒な石に十字に赤い線が入ってるんです。先輩が触ってそれから、急に」


 あの時、声が聞こえた。


「『ノウリョクシャハッケン』って声が聞こえて、何か爆発した見たいで周りが灰色になって、それから。何かに引っ張られる感じがして『能力者は二人か?』って声がして、先輩が逃げろって私を突き飛ばしたんです。そして気がついたら、洞窟のベッドの上だったんです」

「ふーん、なんだか、『黒の三姉妹』っぽい話ね」

「『黒の三姉妹』?」

「そ、何か奇妙なことが起こると、ここでは『黒の三姉妹』のせいにするの。誰も会ったことがないから本当にこの世にいるのかどうかわからないのだけれどね。でも大きな災害が会った時や、巨大な魔力を感じる時、『黒の三姉妹』のイメージが世界を駆け抜けるのよ」


 私達の世界の悪魔みたいなものかしら。


「あなたのテレパシー能力だけど、人には話さない方がいいでしょうね。普通は念話と言って、例えば、テイマーがテイムした魔物と意志を疎通させる時に使うものなのよ。テレパシー能力を磨けば、それこそ、はるか遠くまで声が届けられるし、声を聞くことも出来るようになるわ。魔力無しでね。これは凄いことよ。スキルで獲得した能力は魔力が切れたら使えない。でもあなたのテレパシー能力は、魔力無しで使える」


 メリーが前足をペロペロと舐めながら教えてくれた。


「向こうは能力者がもう一人この世界に来たことを知ってる。向こうもあんたを探しているかもね。あんた、剣が使える?」

「剣というより剣道だったら少々」

「剣道?」

「私の国では竹刀っていう模擬戦用に作られた剣を使って試合をして技を競うんです。竹刀を振った経験はあるんですが、真剣で切ったことはないんです」

「模擬戦でも戦ったことはあるのね」

「ええ、半年ほど前までは」

「うーん、全く使えないよりはマシか。当然、魔法は使えないわよね。魔法は私が教えてあげるわ。魔法使いになれば、そこそこ身が守れるでしょうよ」

「んだども、今日は、ゆっくりするだ。んだば、オラ、畑の世話しに行ってくるだ」


 テトが空中から出現したカゴを背中に背負い、ドシンドシンと歩いて行く。


「あ! 私も畑見せて下さい」


 めそめそしていても始まらない。この世界のこと、もっと知りたい。


「おう、いいぞ!」


 荷物をバトラーに預け、テトの後を走りながらついて行った。テトの一歩は大きい。

 畑は岩山の南側にあった。


「え? バラの花?」


 一瞬、テトは吸血鬼かと思った。バラの花を食べるなんてと。

 よく見たらバラの花じゃなかった。第一、大きさが全然違う。人の頭より大きい。三メートル程の太い木にたくさんなっている。実のつき方がバラの花みたいだったから間違えたのね。

 

「これ、うまいだ。ロズサイっていうだ。人、これ一個で一日暮らせる。オラ、十個食べねぇと力でねぇ。だども、これさえあれば、生きて行けるだ」


 へえー、どんな味なんだろう?


「味? 味は~? うーん、とにかくうまいだよ」

「あ、ごめんなさい。私ったらテレパシー使っちゃった」

「はは、ええだよ。オラのツノ、拾っちまうだよ。ほれ、食べてみるだ」


 ロズサイの花びらを一枚とって私にくれた。

 そのまま、齧る。

 ウソ!

 これは魚沼産最高級コシヒカリで作ったおにぎりの味。

 塩は明石の天日塩、食感は違うけど、冷えたおにぎりそのもの。


「うーん、美味しい!」

「はは、気に入っただがや」

「あたしの故郷の味と同じなの。すごく嬉しい。不思議ね、同じ味の植物があるなんて!」


 貰ったロズサイを夢中で食べた。

 テトはロズサイを一つ一つ丁寧に刈り取って行く。

 畑というだけあって、ロズサイの木は等間隔に植えられていた。

 なんだか、のんびりしてるなあ。

 食べ終わったら、眠くなってきた。

 岩の上にゴロリと横になる。青い空が広がっていた。

 青い空でよかったわ。白い月が二つあるけど。きっと、この星の衛星ね。あとで、メリーに名前を聞こう。先輩も同じ空を見ていたらなあ……。



 その夜、岩屋の天蓋付きベッドの上でスーツケースを開いた。中には現金が1万ドルほど入っている。こっちの世界では使えないお金だ。宝石の仕入れは、原則、キャッシュで行われる。あたしと先輩は会社から預かったお金を半分づつ持っていた。トルマリンやサファイヤ、タンザナイトを仕入れ、最後にオパールを仕入れようとしてこっちの世界に飛ばされた。

 スーツケースの中から、小分けされたビニール袋を取り出した。オーバルにカットされた0.2カラット前後のルビーが十個ほど入っている。岩壁に置かれた光ゴケにかざす。きれいだ。

 社長、私達がいなくなって困ってるだろうなあ。

 仕入れのお金も仕入れた石も無くしちゃって、大丈夫かな?

 これ、絶対持って帰ろう。

 先輩と一緒に、元の生活に戻るんだ。



 翌日からメリーの訓練が始まった。

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