第2話 イレギュラー個体(通常種)

 ダンジョンが地球に初めて出現したのはいまから6年前のこと。

 その内側は未知の生命体であふれていた。


 調査すべきか、禁忌として隔離すべきか。

 おおよそ大きく二派閥に分かれて繰り広げられた論争は、とある迷宮出土品によって均衡が破られた。


 クリーンなエネルギー源、魔石である。


 以来、世界各国がこぞって迷宮探索に注力しているが、今日に至るまでついぞ迷宮を踏破したという報告は上がっていない。


 少なくとも、表向きには――。


  ◇  ◇  ◇


「は?」


 来宮祝莉は間抜けな声が飛び出したことを自覚した。


 ダンジョンコア?

 迷宮の、核?

 そんなもの、発見されたという事例は報告されていない。

 まして破壊されたなど、聞いたこともない。


「これは言い訳になりますが、ダンジョンコアを破壊すると迷宮が消滅するなんて知らなかったんです」


 開いた口を塞がない来宮を見て、詰られていると感じた志葉が気だるげに補足する。


 彼を弁護した人間はダンジョンがまだ誰のものか明白でなかった点から刑法260条の『他人の・・・建造物』には該当しないと主張した。

 しかしこの主張を受け入れてしまえば他国に対し、日本は自国に出現したダンジョンを自国の物だと認めていないと主張することになり、それは国益の観点で受け入れられなかった。


 それならばと器物損壊罪や過失の線で挑戦してみたものの、ダンジョンコアを破壊したことは意図的であり、また取り外しが容易でない点から器物損壊とも認められなかった。


 志葉はそんな話を簡単に来宮に説明した。


 だが、来宮が求めていた詳細とは微妙に論点がずれており、結果としてその報告は彼女の頭をさらに悩ませるだけだった。


「ちょ、ちょっと待ってください。その話が本当なら、志葉さんは既にダンジョンを一つ、消滅させているということですか⁉」

「はい。滅茶苦茶怒られました。『ダンジョンは極めて貴重で希少な資源なんだぞ』と」

「でしょうね……」


 それが本当だとしたら、の話であるが。


「あの、証拠とかってあるんですか?」


 疑っていますということを、暗に、いや直接的に詰問すると、しかし志葉はあっけらかんと答えてみせた。


「見ます? ステータスプレート」


 ステータスプレートとは、探索者であれば誰もが持っている身分証のことだ。

 ダンジョンに生息する魔物を一匹でも倒すと入れ替わるように現れて、討伐者の能力や技能が表示されるアイテムになっている。


 志葉はもそもそと取り出すと、技能欄などを指で隠すようにして来宮に提示した。

 開示された部分は上部と下部。

 上部には確かに志葉珪と書かれており、そして下部には称号――『世界最速の迷宮踏破者』と書かれている。


「嘘……偽造かなにかじゃ……」

「割ってもいいですよ」


 志葉がステータスプレートを裏返して来宮へと手渡す。

 来宮は恐る恐る受け取ると、プレートの両端を指先で抑え、下敷きを曲げるように力を加えた。


「割れなそうです、ってことは、本物」


 ステータスプレートは破壊不能だ。

 500トンのプレス機でもわずかな変形さえ確認できず、また硫酸や王水にも反応しないことが判明している。


 一応、いまのようにステータスプレートを他者に預けることは可能なので、志葉珪が目の前の志葉とは別人の可能性は残っている。

 しかしその場合でも称号に記載された事実が変わることはなく、そしてそこからは秘密裏にダンジョンが攻略されていた事実を読み解くことができる。


「私、頭が痛くなってきました」

「あー、うちの職場、傷病休暇とかあるんですかね、局長に聞いてみましょうか?」

「……そういう話ではないです」


 二人は伊勢志摩ダンジョンを、第二層へと降下した。

 一層ではついぞ魔物と遭遇しなかった。

 というのも、志葉が頻繁に間引きをしているかららしい。

 彼が本当に人知れずダンジョンを踏破した陰の実力者であるならば、それも可能だろう。

 しかし、彼の容姿が、活力の無い態度が、いまいち信用しきれない要因になっている。


 そんな折のこと。


「来宮さん、ちょっと失礼します」

「え」


 突然、彼の手が腰に添えられる。


「何を――」


 言葉はそこで途切れた。

 急に全身に強力なGが掛かり、歯を食いしばってこらえるのに必死だった。


 一瞬の負荷から解放されてようやく、来宮は志葉に抱きかかえられて後方へと大きく飛び退ったことを理解する。


 そして、彼が突然そんなことをするに至った理由にも。


「すみません、できるだけ不快にならず、かつ体への負荷が低い部位を選んだつもりなんです。他意はありませんので、セクハラで訴えるのだけはどうかご勘弁ください」

「い、言ってる場合ですか! 前! 前!」


 来宮は全身から血の気が引いていくのを感じた。

 彼らの前方、通路の向かいから、巨大な人影がこちらを大きな相貌でぎょろりとのぞき込んでいた。


 赤銅の肌、大木のように肥大した両腕。

 粘着質な唾液を垂らす獰猛な牙に、鋭くとがった不衛生な爪。

 そこに現れた魔物がなんなのか、頭脳明晰な来宮は瞬時に理解する。


「ゴブリンキング……それもイレギュラー個体……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る