すべての、迷えるものたちの。かつての懐かしい友達と。いまを知ることの切なさと。
ネムノキ
第1話 帰省
気がつくと、私はどこかを彷徨っている。抽象的な場所を、気が付けば、彷徨っている。
森。
川。
海。
山村。
山頂。
海岸。
それらは具体的な場所を伴いつつ(自然豊かなところであることが多い)、一方で心は広く滑らかで掴みどころのない虚空をいたずらに、ただただ漂っている。
私はいつの間にか、大人になっていた。子供のこころのままに。少しも私という人間から抜け出すことのできないままに。
流れていく。流れないでよ、リバー。
様々な情景が心を掠めていく。それがもう、どこにあるのかもわからないのに。
私を形作っているもの。
思い出すこと。想いを、人を、風景を。
心のなかでしか、できないこと。
私は私の存在を、いつまでも不思議に思う。
………
………
………
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
11月の初旬。
私は実家に帰省をしている。
ふとした用事から一週間程度の時間を故郷で過ごすことになったのだ。
ちょうど運転免許を取得したばかりということもあり、この機会に親の車を借りて、故郷のあちこちを運転しようと計画していた。
一人で運転することもいいが、初めての生活上での運転ということもあり、恐怖心のほうが勝ったので、イソスタでドライブの誘いを親しい友達に限ってやってみた。
帰省のなかでは、平日がほとんどだから、集まっても数人だろうと考えていたが、思いのほか、懐かしい友達がたくさん集まってくれた。
年齢的にも働いている人数が多くなってしまったことを、イソスタのストーリーの静けさをみて日々実感していたこともあったので、実際のところとても驚いていた。
昔親しくしていたあの子は、いまどんなことをしていて、どんな考えを持っているのだろう。
ネットが発展して、つながればつながるほど、なぜか不思議と簡単なことも聞きづらくなってしまったと思う。
私は少しだけ緊張しつつ、時のなかですっかり変わってしまった容姿や心のなかでうずくまる様にして、そのときを待った。
時は実家の薄暗がりのなかでゆっくりと流れていった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
駐車に不安があった。
都会で免許を取ったからか、練習スペースが限られており、バック駐車の練習をすることが一回もなかった。
そのせいで、実用上の運転に関する運転の自信が少しもないことに、ドライブの出発前にようやく気がついた。
「バックカメラがあるから、それに頼りながら、少しづつね。慣れていけばいいわよ。目視確認は怠らずにね」
言葉では分かっているが、それを実際にするまでの緊張は少しも衰えない。むしろ、次第に膨れ上がっていく気もする。
何か、新しいことを始めようとするときの、あの不安定な場所を彷徨っているときの感覚が、した。
『たった、これっぽちのことで、何を悩んでいたのだろう。』
そうやって、あとあと振り返ることになる類の、新しさが、優しく私の抽象的なこころの全体を包み込んでいった。
「一般ドライバーに後ろビタ付けされても、イラついて急ブレーキを踏まないこと。前をしっかり見て、走ること。歩行者と自転車にはこれでもかってくらいの注意を払うこと。友達と盛り上がってもお酒だけは絶対に飲まないこと。ガソリンスタンドでタバコは絶対ダメ。女の子乗せるときは、節度をもつこと」
母親は、そんなことをいいながら、私を見送った。
かつて両親が語ってくれていた、ドライバーとしての経験が徐々に思い起こされてくる。
両親もまた、こんなふうに、免許を取り立てのころに、言われていたのだろうか。
そしてまた、私も同じように、誰かに向かって言うようになるのだろうか。
対向車とすれ違うのがギリギリな細い道を通り抜けて、私はアクセルを少し強く踏んで、制限速度を少し超した。
早朝の暗がりを、エンジンの唸る音と、タイヤの摩擦する音、StingのEnglishman in New Yorkと、一部の静寂が、満たしていた。
対向車のハイビームがマイカーにある初心者マークを照らしている。
懐かしい元カノの家がじりじりと近づいてきていた。
【to be continued.】
すべての、迷えるものたちの。かつての懐かしい友達と。いまを知ることの切なさと。 ネムノキ @nemunoki7
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