プロローグ・B

 旅行鞄の口を閉じたところで、テーブルに出していたとある儀式に関する資料が魔術師の視界に入る。

 どれも内容は頭に入っているが、彼はなんとはなしに一冊、観光案内の冊子を手に取った。賑やかな絵の描かれた表紙をめくり、ぱらぱらと中を見る。

 そこへ、朝食の片づけを終えたらしい魔術人形がたどたどしい足取りで近づいてくる。この魔術師には珍しいローブの装いと大きな荷物をじいっと見つめ、それから機械的な口を開いた。

「ご主人サマ、旅行? いつ、帰る?」

「仕事だ。長期の予定だが、しばらくは週に何度か戻る」

「祝祭が、あるから?」

 魔術師がぞんざいに頷けば、人形は無機質な顔面に面白がるような雰囲気を醸した。

 なんとも器用な芸当は、単にあるじの性格がうつっただけであるが、当の本人である魔術師は嫌そうに眉をひそめる。しかし結局そのことには触れず、彼は事務的な連絡だけを口にした。

「一年がかりの魔術を扱うことになる。季節ごとに要素を送るから、お前はここで正しく・・・受けろ」

「報酬……」

「ったく。季節の妖精を狩れたら同封しておく。それから、外出は好きにして構わんが、他人を家に入れるなよ」

「わかっタ!」

 無表情のまま嬉しそうにひょこひょこ跳ねる魔術人形にため息を落とし、魔術師は玄関へ向かった。


 ――目を通しておけ。

 留守を預かる魔術人形へ宛てられたテーブルの資料には、魔術師の記した覚え書きが添えられている。

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