病弱天使は甘えたい

冬水葵

第1話 天使様はナマケモノ

夜景高校やけいこうこうの1年生には天使がいる。

そう噂が広まったのは、俺たち1年生が入学してたった1日のことである。

そして、その噂の渦中にいるのが天使こと甘咲汐夏あまさきしおかである。

甘咲は腰まで伸びている光沢の見えるサラサラとした綺麗な白色の髪を持ち、元気というよりは清楚⋯⋯大人しい印象を与える、天使というあだ名に相応しい美貌を持つ少女だ。

そしてただでさえこの当たりの地域では一番の進学校である夜景高校のテストでは毎度1位、そして話しかけてきた人には分け隔てなく、微笑みを浮かべながら丁寧に接している。

成績優秀、容姿端麗、その上で誰にでも優しい。

そんな、神様がいるならガンジーでも助走をつけてぶん殴るレベルで天に2物も3物も与えられているのが甘咲だ。

しかし、俺の気のせいかもしれないが甘咲の微笑みには何か曇っているような気がするが⋯⋯


「おーい藍人あいと、ボーッとしてるが大丈夫か?」


⋯⋯自己紹介が遅れてしまった。

俺の名前は新園藍人にいぞのあいと、何の特徴も無い高校1年生である。

そう言いながら目の前で手を振っているのは水鏡凪葉みかがみなぎは、俺の前の席に座っており、なおかつこの学校で唯一と言っていい俺の友人だ。


「ん?ああ大丈夫だ、すまん少し考え事をしてて⋯⋯」

「そうか?少し顔色も悪いし⋯⋯保健室連れて行こうか?」


確かに、今日は朝から少し頭が少し痛いが、熱が出ていなかったため、学校を休む訳にもいかず登校しているが、あまり表情には出していなかったはずなんだがな⋯⋯


「いや、朝熱計った時熱無かったし、ほんとに大丈夫だから」

「そうか?ならいいんだが⋯⋯」


その時、始業式開始のチャイムが鳴り、凪葉は前を向く。


そして、チャイムと同時に担任の屋敷田先生やしきだせんせいが入ってきた。

屋敷田先生は世界史の先生で、授業の合間合間に挟む雑談が面白いと評判の30代の先生だ。


「おーし、朝のホームルーム始めるぞ、ほら3秒で席に着け」

「「「いや無理だが!?」」」


このクラスの人間は大体チャイムがなるのと同時に席に戻り出すので、席から遠いところにいた生徒にとっては無理ゲーだろう。

「えー、今日は保健教諭の先生が急用で休みだから、保健室に行く時はまず職員室に行くように、以上。後は1時間目まで好きにしていいぞ」


◆◆◆


今は4時間目、世界史の授業中だ。

そして3時間目は体育でバスケをしていた。

その結果、体調悪化を引き起こしてしまった。


(くっそ⋯⋯体育は見学させて貰うべきだったか)


「⋯⋯おい新園、顔色悪いが大丈夫か?」


先程までずっと教科書を見ていたはずの屋敷田先生がそう声をかけてきた。

屋敷田先生は授業中ほとんど教科書や黒板の方を見ており、あまり生徒を見ないが、スマホを見ている人を俺が知る限りでは毎回見つけており、屋敷田先生には背中や頭頂部にも目があるのでは?と生徒の間では噂になっている。


「⋯⋯すみません、実はさっきからちょっと体調が悪くて⋯⋯」

「そうか、じゃあ保健係の⋯⋯いや、めんどくさいし前の席の水鏡でいいや、職員室⋯⋯そういや今あいつがいたな、いいやもう保健室連れてってやれ」


どうやら保健室にはすでに誰か先生がいるらしい。


「いや、そこまでじゃないので1人で大丈夫です」

「そうか?⋯⋯分かった、じゃ気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」


そう言って教室を出て、保健室に向かう。

夜景高校の保健室は本校舎1階の事務室の隣にあり、本校舎の一階には保健室と事務室以外には図書館しかない為、保健室周りはとても静かだった。


「失礼します」


保健室に着いたため、ノックをしてから保健室の扉を開ける。


「いらっしゃいませ、どうなさいましたか?」


保健室に入ると、いたのは先生ではなく、天使様こと甘咲汐夏だった。


「え、なんで甘咲さんが⋯⋯?」

「えぇっと、実は私、結構重めの喘息を持っているのです。⋯⋯それで、今日は体調が良かったので体育に参加できるかなぁと思って参加したのですが⋯⋯」

「体調を崩してしまったと?」

「はい⋯⋯」

「⋯⋯」


どうやら甘咲は意外とアホの子らしい。


「⋯⋯っと、」


ずっと立っていたからだろう。

少しふらついてしまい、そばにあった机にぶつかりそうになった所で、甘咲が慌てて俺の腕を引っ張り、ギリギリで元に戻る。


「大丈夫ですか!?」

「あ、あぁすまん、助かった」

「いえ、私も保健室に来た人をずっと立たせるなんて⋯⋯すみまんせん」

「そういや、先生は?」

「私の体調がかなり回復したので職員室に戻りましたよ。 私は4時間目までは一応休んでおくように言われております」

「なるほど、そういうことか」


確かに甘咲が見るのなら酷いことにはならないだろう。

どうしても手に負えなさそうなら先生を呼ぶだろうしな。

その後、学年とクラス、出席番号を言った後に熱を計って37度7分だったため、とりあえずベッドに寝ておくことになった。


◆◆◆


「⋯⋯ん、いつの間にか寝てたか」


保健室に来たのが4時間目の初めで、チャイムがまだなっていなかったのでおそらく今は4時間目の終盤らへんだろう。

喉が渇いていたため、水を求めて床におり、シャッ、とカーテンを開ける。

カーテンを開けると、甘咲がソファに仰向けで寝転がっていた。


「⋯⋯っえ?」

「え?⋯⋯っあ、と、あうっ⋯⋯」


俺に気づいた天咲は慌てて立とうとしたが、勢いよくソファから落ちてしまった。


「み⋯⋯見ましたか?」

「⋯⋯さー?なんのことだ?」

「目を逸らした!見てたんですね!」

「あ〜、すまん見るつもりは無かったんだが⋯⋯」

「うぅ、あんなにぐっすり眠っていたのに⋯⋯一生の不覚です」

「や、そこまで言わんでも」

「⋯⋯ふ、ふふっ⋯⋯私の秘密を知ってしまって、私をどうするおつもりですか?」

「いやどうもせんけど⋯⋯」

「このネタで私を脅して私にあんなことやこんなことを命令するつもり何でしょう!?」

「いやしないからな!?少し落ち着け!」


それから数分ほどして、やっと甘咲は落ち着いた。


「⋯⋯見苦しい所をお見せしてしまいすみませんでした」

「いや、それはいいけど⋯⋯なんであんなことしてたんだ?」


それから、甘咲は少しずつ話し始めた。


「実は私、お父さんが結構大きな会社の社長さんなのですが⋯⋯小学生の時に“例え友人であろうと隙を見せるな”と言われたので、それからずっと隙を見せないことを意識しているのですが⋯⋯たまに怠けたくなってしまうことがありまして⋯⋯」

「それで怠けてたら俺に見つかったと?」

「はい⋯⋯」


確かに、ずっと隙を見せないことを意識しているのは辛いだろう。ただ⋯⋯


「あと3時間我慢できなかったのか?」


今日は6時間授業でもうすぐ4時間目が終わるため、あと昼休みと2時間我慢すれば家で誰にもバレる心配はなかったというのに、待つことは出来なかったのだろうか?


「ご、ごもっともです⋯⋯はい」


どうやら待つことが出来なかったらしい。

甘咲は顔を俯かせている。 顔はよく見えないが、耳が真っ赤なので、どうやら恥ずかしいらしい。


「あ、あの⋯⋯」

「ん、どうした?」

「⋯⋯頭、撫でてくれませんか?」

「何言ってんのお前!?」


甘咲はプルプル震えて、顔も真っ赤にして目尻にうっすらと涙を浮かべながら頭を撫でて欲しいと言ってきた。


「そ⋯⋯そのぉ、最近怠けるだけじゃ物足りなくなってきてしまいまして、だから誰かに甘えてみたら足りるかなぁ、と」

「そういうのは女子に頼め!」

「私の秘密を知っているのは新園さんだけなので頼めるのは新園くんしかいないんです!」

「いや、それでも⋯⋯」

「⋯⋯だめですか?」

「っぐ」


甘咲は自覚してか無自覚か瞳を潤わせながら上目遣いで頼んできた。

美人にその仕草は俺が思っていた以上に破壊力が高いみたいだ。


「⋯⋯分かった、いいよ」

「!、ありがとうございます!」


甘咲の上目遣いに屈してしまった俺は、微妙に躊躇しながら甘咲の頭を撫でる。


「⋯⋯ふへへ」


甘咲の頭を撫でると、気持ちよかったのか一瞬で顔がふやけた。


「新園くん、膝枕してもらっていいですか?」

「逆にいいって言うと思った!?」

「⋯⋯ダメなのですか?」


サラッととんでもないことを言った甘咲は、完全にふやけた顔で、何がおかしいのか分からないという顔をする。


「いや、ダメ⋯⋯ではないけど、でもそれをやったらなんかもう戻れなくなる気がする⋯⋯」

「新園くん⋯⋯」


甘咲はまた上目遣いをしてきた。

上目遣いをしたらなんでも許してくれると思ってるんじゃなかろうか?⋯⋯はいそうですそりゃこんな美少女に上目遣いをされて断れる人類なんていねぇだろクソが!


「⋯⋯はい、どうぞ」

「やったぁ!⋯⋯ふへ、あ頭撫でるの止めないでください」

「1回甘えだしたら止まらねぇなおい」


1度甘えたらそこからずっとフルスロットルで甘えてくる甘咲に、新園はどうしてもタジタジになってしまう。


「頭なでなで気持ちぃ⋯⋯すぅ」

「え待ってもしかして寝た!?⋯⋯まってマジで寝てるじゃんマジかよ!?」


甘咲はそのまま寝てしまい、起きたのは昼休みがもう終わるかといった時だった。


「す、すみません⋯⋯つい心地がよくてぐっすり寝てしまいました⋯⋯」

「いいけど⋯⋯こういう事、次からは他の人に頼めよ」

「え!?」

「え?」

「次からは他の人に頼まないとダメですか?」

「ダメです」

「どうしても?」

「どうしても」

「新園くん⋯⋯」

「っぐ、上目遣いしてもダメだからな」


尚も甘咲は上目遣いを続けてくる。

俺はもう上目遣いには負けんぞ⋯⋯負け、負⋯⋯


「⋯⋯分かった、他に甘えられる人が出来るまでなら⋯⋯」

「!、ありがとうございます!」


⋯⋯結局断れなくて承諾してしまうのだった。


「じゃあ、連絡先交換してください!」

「あ、あぁ⋯⋯」

「では、私が甘えたくなって連絡した時にお暇であれば、連絡を返してくださいね?」

「了解だ」

「それては、私はもう教室に戻りますので、これからよろしくお願いしますね!」


そう言って、甘咲は保健室を出ていった。

そうして、俺は夜景高校の天使様を甘やかすという誰かにバレたら本気で後ろから刺されかねない係を請け負うことになってしまった⋯⋯

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病弱天使は甘えたい 冬水葵 @aoi0208

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ