第17話 ミス

 青の勇者、カーライルの闇堕ちは人間側に衝撃をもたらした。一切の目撃者はカーライルによって消されたが、神託によってその事実が伝えられる。

 青の国では、国王と宰相と神官が頭を突き合わせて悩んでいた。

 国王は自らの額を手でぴしゃぴしゃと叩きながら天を仰いだ。


「まずい。非常にまずい。青の勇者が緑の勇者と自分の仲間を殺して、闇堕ちして魔王軍に入ったとあっては、他国からどんな批難をされることか」

「おそらく、他国にも神託でこのことは知られておりますかと」


 神官が恐る恐る発言した。


「こうなってしまっては、騎士団と冒険者を使って、元勇者を討伐するしかありませんな。我が国が他国に先んじて元勇者を討ち取れば、面目も躍如されますかと」


 宰相がそう発言すると、国王は彼をじろりと睨んだ。


「相手は元勇者だぞ。どれだけの損害が出ると思っている?それに、冒険者もそんな依頼を請ける命知らずなどおるのか?」


 勇者は一国の戦力に匹敵する強さを持っている。だからこそ魔王軍と戦うのであって、これが騎士団よりも弱ければ、騎士団が魔王軍と戦っているはずなのだ。

 つまり、魔王軍に寝返った元勇者と戦うというのは、一国として勝利を望むには絶望的なのである。

 宰相もそれ以上は妙案が浮かばず、国王に何も言えなかった。

 こうして三人は結論の出ない会議を延々と続け、解決しない悩みを抱えるのであった。


 一方、勇者の闇堕ちの話は王都よりもたらされ、バーミンの街でも話題となっていた。

 本日は休暇のコアンとニーナ。彼らは街のカフェで食事をしていた。そこにカーライルの話題を持ってきたのはフレイヤだった。

 折角のコアンとのデートを邪魔されたニーナは不機嫌であったが、コアンになだめられてフレイヤの話を聞いた。


「元青の勇者が緑の勇者と自分の仲間を殺して神から見放されたようだな。その後魔王軍に寝返って行方知れずということだ」

「それと私たちになんの関係が?」


 ニーナの質問にフレイヤは頷く。


「国が面子にかけて青の勇者を討ちたいようだ。騎士団を動かすのに加えて、冒険者に依頼も出す準備をしている。そうなれば、元仲間である二人にも、青の勇者がどんな行動に出るのかという問い合わせがあるだろうな。場合によっては出頭要請だ」

「嫌よ。私は今の生活が気に入っているの。カーライルが何をしようと関係ないわ」

「そうなんだが、他の人間がそれを許してくれぬだろうな」

「そんな連中斬ればいいでしょ」


 ニーナが言うと冗談に聞こえず、フレイヤは返答に困った。

 ニーナのことをよく知らぬ者たちが、ニーナにあれこれと要求し、コアンとの時間を奪うようなことになれば、人間側は元勇者と剣聖の二人を相手にしなければならなくなる。しかも、魔王軍が健在でだ。

 どうしたものかと悩んでいると、背中の方で轟音が響く。

 土煙が舞って音のした場所の視界が悪くなるが、それも少しのことで、風がその土煙を取り払ってくれた。土煙が無くなると、そこに一人の人物が立っていた。

 それはコアンとニーナがよく知る人物である。


「カーライル」


 ニーナが声を掛けた。

 それに対してコアンはカーライルがここにいることに困惑し、声を発することが出来ずにいる。

 フレイヤは話題にしていた青の勇者、カーライルが突然出現したことに驚く。


「これが、青の勇者」


 とは言ったもの、その威圧感から動けずにいた。

 さらに、周囲の人々も何事かとざわつくが、そんなことは気にせずに、カーライルはニーナに手を差し伸べた。


「ニーナ、迎えに来たぞ」

「迎え?私はあなたのパーティーを抜けたのよ。今更迎えもおかしくない?それに、少し顔色が悪いようだけど。帰って寝ていた方がいいわよ」


 ニーナは久々に見るカーライルの顔色が依然と違い、浅黒くなっているのに気がついた。これは精霊の力を体に宿したことによるものだが、ニーナはそのことを知らないので病気だと思ったのだ。


「心配無用。体調はすこぶるよい」

「そう。じゃあ帰って。私はコアンとずっと一緒にいるの」


 ニーナはカーライルに興味を示さず、コアンの方に向き直って食事と会話を続けようとする。その態度にカーライルの怒りが爆発した。


「ふざけるな!そんな無能のどこが良いのだ?それでもそいつと一緒にいるというのならば、まずは無能を殺してやる!」


 カーライルが剣を抜いた。それを見たフレイヤがまずいと判断して、剣を抜いてカーライルに斬りかかる。

 勇者とSSランクの冒険者では力の差は歴然。素早く剣をフレイヤの方へと向けて、その斬撃を受け止めた。

 そして、フレイヤを見てニイッっと笑った。


「良い腕だな。俺のパーティーに来るか?」

「生憎と、私にも仲間がいるのでな」


 フレイヤが断ると、興味を失ったカーライルは再びコアンとニーナの方を見る。

 この時、コアンは激しく動揺していた。

 何故なら、今のフレイヤの攻撃はコアンのプロセスフローの影響下にあった。それなのに、プロセスフローとは違った結果となったのである。こんなことは初めてだった。


(やっぱり、カーライルは僕のスキルで動いていたんじゃないのか?)


 コアンがそんな結論に達したとき、懐かしい声が聞こえた。


「コアン久しぶり」

「その声はAPQPの精霊さん?」

「そうそう。よく覚えていてくれたね」

「やっぱり。でも、ごめんなさい。僕はこの世界にAPQPのすばらしさを伝えられそうにないよ。カーライルには僕のスキルが影響していないんだ」


 コアンは精霊に謝った。


「いいや、それはコアンのせいじゃないよ。あいつに憑依している精霊のせいなんだ」

「カーライルに精霊が?」

「そう。あれはミスと不良の精霊だ」


 それを聞いてコアンは驚く。


「えええ??それってどんな?名前からしてミスをするように仕向ける精霊っぽいけど」

「ミスはそういうミスじゃなくて、マンス、イン、サービスの頭文字をとったものなんだ。ま、この世界じゃ何を言っているかわからないだろうけど」

「マンスインサービス?」


 聞きなれぬ言葉にコアンの頭には?マークが浮かぶ。


「製品を発売してから、何か月で不具合が出たのかっていう指数のことなんだよ。APQPで完璧な生産体制をしいたにも関わらず、市場で不具合が出るのは奴のせいなんだ。その概念を生み出した企業は、あいつを世界に誕生させ、その力によって倒産させられたんだ(※フィクションです)」

「つまり、僕のギフトだと勝てない?」

「そんなことはないよ。APQPはアップデートできる。今はダメかもしれないけれど、対策を立てれば奴に勝つことは出来るはずさ。ここが踏ん張りどころだね」


 APQPの精霊に言われて、コアンは思案する。

 ただ、このままではまずいので、一旦距離をとることにした。自分とニーナとフレイヤの脚力を向上させ、走って逃げることにしたのだ。

 コアンはニーナの手を取って走る。


「ニーナ、一旦距離を取るよ。ここじゃ他の人を巻き込むし」

「そうね」


 考える時間が欲しいとは言わず、他人を気遣うという理由を言ったのは、カーライルに本当のことを知られたくなかったからである。

 それが功を奏してか、カーライルはゆっくりとその後を追った。


【後書き】

市場不具合は精霊のせい。だから、出ちゃうのも仕方ないよね。

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2024年12月5日 09:00

同郷のよしみで勇者パーティーにいた荷物運び、解雇されて辺境で冒険者ギルドに就職。でも実は人類最強 工程能力1.33 @takizawa6121

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