世界滅亡ボタンは押さないまでが華

ちびまるフォイ

自分という共通の敵

「せ、世界滅亡ボタン……?」


玄関の郵便ポストへ雑に入っていたのは

おそらく人類史で最も危険なボタンだろう。


投入時にうっかり世界滅亡していたかもしれない。


「ただのオモチャだよ……な?」


ちゃちな見た目だが押す気にはならない。

すごそうな大学研究所で解析してもらってもダメだった。


「これはわかりませんね。未知の素材が使われています」


「え゛」


「宇宙人からの贈り物かもしれません。

 言えることは、"押すと何が起きるかわからない"がわかっただけです」


「やばいじゃないですかコレ」


大学の研究所がさじを投げたボタンともくれば

その噂はまたたくまに広がり、テレビでも全世界で報道されるようになった。


「君! 早く世界滅亡スイッチを渡しなさい!

 ここからは警察が厳重に管理します!」


「いやいやいや! 渡せないって!

 もし渡して押されたらどうするんだよ!?」


「君のような一般人が持っている代物でもないだろう!」


「国で管理するって話もわかんないよ!」


「ええい、いいから渡しなさい!

 世界滅亡の犯罪者として逮捕するぞ!」


「なんて横暴な! 逮捕するならこのボタン押すからな!」


ボタンを構えた瞬間に警察は急に顔を青ざめた。


「ま、待ってくれ。それだけは流石にやめてくれ」


「このボタンは俺のものだ。誰にも渡さない。

 俺のタイミングで押す・押さないを決めるからな」


「わ……わかった……。何がほしい……何でもやるから……」


「それじゃ大量のベルマークを用意しろ」


「おい!!! 世界中のベルマークを集めろ!!!」


あれだけ高圧的だった警察もボタンを人質に取ってしまえばもう逆らえない。

世界滅亡になったら大問題どころか、歴史上最大の戦犯だから。


そしてこれがこのボタンの有効活用法なのだと知った。


向かったのは高級店。


「お客様、お会計が1億円になります」


「うむ。では食い逃げで」


「食い逃……えっ?」


「さもなくばこのボタンを押す」


「め! めっそうもございません!

 食い逃げでお支払いいただきありがとうございます!」


「はっはっは。くるしゅうない。うまかったぞよ」


すっかりボタンは手放せなくなった。

まるで人生を楽しむフリーパス。


欲しいものは手に入るし、好きなこともできる。

以前まで嫌な上司に頭を下げていたサラリーマン生活はどこへやら。


「さぁて、次は世界旅行でも行こうかな」


世界一周の豪華クルーズ旅行のパンフレットを見ていると、

そこには注釈が小さく書かれていた。


※移動先の国の情勢によっては移動先が変更になる場合がございます


「……なあにい? せっかく楽しみな世界旅行なのに、

 滞在先の国が不安定だったら迂回しなくちゃならんのか?」


そんなのは全世界の支配者となった自分には納得いかない。

道をあけるべきは自分以外の人間だ。


ボタンを盾に国の大事な会議へと強制参加。

マイクを握ると暗い顔をした国の偉い人に伝えた。


「おい、すべての戦争と核兵器は廃絶しろ。

 さもなくばこのボタンを押すからな!!!」


「ひいい! や、やめてください!!」


「いいか、このボタンが有る限りあらゆる戦闘行為は禁止だ!!」


この強制平和宣言により、有史以前ではじめて人類から戦争が消えた。

世界クルーズ旅行の行き先も確約された。


こんがり日焼けしながら最高の世界旅行を楽しむことができた。


「世界滅亡ボタンさいこう~~!!」


世界滅亡ボタンはもう手放せない。


すっかり難易度を大幅に下げた人生を満喫していると、

警察が自宅へとなだれこんできた。


「動くな!!! 動くと撃つ!!」


「うわ! なんだなんだ!」


「世界滅亡をくわだてた犯罪者としてお前は逮捕する!!」


「ははっ……なにをいうかと思えば。また懲りずに同じことを。

 そこから一歩でも動いてみろ。世界滅亡ボタンを押すからな」


「……そうか」


世界滅亡ボタンをさながら水戸黄門のように見せつけた。

警察はなにか悟ったような顔をしている。


「押せば良い」


「えっ」


「さあ押せ。世界を滅亡させろ」


「えっえっ?」


「どうした? 押さないのか?」


まさかの問いかけに面食らったのは自分だった。


「い、いいのか? 押しちゃうぞ? 世界滅亡するぞ?」


「ああ滅亡させろ。早く押せよ。ほら」


「あ! あれだな! 俺が押せないと踏んでそう言ってるんだな!!」


「……」


「本当に押すからな! 押しちゃうからな!!」


「ああ押せよ!」


「押すぞ!」

「押せよ!」



もう後には引けない。

ボタンを押した。



カスッ。


100円ショップのオモチャより軽々しい手応え。


「あ、あれ……? お、押してるよな? これ……」


何度か世界滅亡ボタンを押した。

プラスチックのオモチャのような軽さ。


慌てる自分を見て警察は大笑いした。


「はは、ははは。やっぱり世界滅亡ボタンなんてオモチャだ!」


「ちがっ……これは……」


「そんなことだと思った。何をビクついていたんだか!」


「うわぁ! 離せーー!」


「世界中に伝えろ! 世界滅亡ボタンなんてうそっぱちだ!

 ほらこの通り! ボタンを押しても何も起きやしない!!」


世界滅亡ボタンがオモチャだったという情報は拡散された。

滅亡ボタンに怯えていた世界は解放された。


世界の国々は滅亡ボタンの消滅を聞いて大喜び。


安心して核兵器をふたたび開発し、戦争を再開した




その数年後、世界はちゃんと滅亡した。

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