中編

7月に入ってすぐにチャンスがやってきた。

図書館に向かう途中で、先輩の後ろ姿が目に入った。周りを見回して誰もいないことを確認し、先輩の元に小走りで駆け寄った。



伝えるなら今だという焦燥感と告白の緊張感で心臓もバクバクして、緊張で押しつぶされそうになりながらも勇気を振り絞った。頭の中も真っ白になりかけたが、必死で意識を繋ぎとめ、先輩のすぐ後ろまで行き、呼び止めた。



桜井先輩と呼んだら、先輩が振り返った。

勢いに任せて、「好きです! 付き合ってください」とストレートに告白した。


先輩と目を合わせて伝える予定だったが、目を合わせる事は到底できずに、無意識の内に視線を先輩の首元辺りにずっと合わせていた。最初の一瞬だけは、目が合った。その時、よくわからないが、何となく違和感の様なものを感じた気がする。しかし、これは、人生初の告白である。緊張と恥ずかしさで、顔は真っ赤に染まっていただろうし、何というか、いっぱいいっぱいだった。


私が中学生の頃は、少女漫画のような恋愛に憧れていた。友達と理想について盛り上がるのは楽しかったけど、結局、誰かに告白したり、告白を受けるようなことはなく、私の初めての告白。


先輩には、彼女がいた……。


自分の思い上がりに恥ずかしくなり、すぐにその場を立ち去り、家に帰って泣いた。初めての失恋は、涙が止まらなかった。


振られたからといって、好きの気持ちを一瞬で消せるわけがない。先輩と過ごす時間に比例して、好きが積もっていった。先輩との思い出が浮かび、すぐに諦めるのは難しいかもしれないと思った。



高校に入学して4か月。

でも、その短い期間に恋をして、楽しい気持ちや嬉しい気持ちを知った。毎日が幸せで楽しみだった。

他の女の子の事を考え、嫉妬や独占欲を知った。

告白する勇気や緊張、振られた悲しみ、やるせなさも知った。


振られてしまった事実。気持ちを切り替えなければならないと頭ではわかっているものの、心は正反対をいく。先輩の事を思うと、やっぱり好きだという想いが溢れてしまい、諦めきれない気持ちや浄化できない感情が心に残っている。色々なものが混ざり合って、ぐちゃぐちゃになっている。


恋をするって、大変なんだと知った。




何とか表面上は落ち着きを取り戻し、後日の勉強会に臨んだ。その時の桜井先輩の態度は、至ってだった。

まるで私の告白なんてなかったかのように……。



桜井先輩のその態度を見て、胸がギュっと痛んだ。先輩の今までの態度は、友達や後輩に対する普通のものだった。

それを私が勘違いしていただけと気づいた。


先輩は優しいから、私が『忘れてください』と言った通りにしてくれている。それは私が望んだこと。


……なのに、何事もなかったかのようにされて傷付いた。私は随分と自分勝手だ。

新たな自分の嫌な側面に気づかされ、先輩は私の事なんて何とも思っていないという事実を突きつけられて、心がささくれていった。




その週末、弟の誕生日のお祝いのために、家族で近場のショッピングモールに出掛けた。

我が家では、誕生日プレゼントは欲しいものをその場で本人が選び、ディナーはレストランで食べてお祝いするスタイルを取っている。



様々なジャンルのアパレルや雑貨のお店のディスプレイを眺めながら歩いていたら、ふと視界に見知った人を捉えたような気がして、そちらに視線を移した。



桜井先輩が彼女と思わしき人と恋人繋ぎをして、お互いに近い距離で楽しそうに話しながら、アクセサリーショップに入るのが見えた。


今、見た光景に、呆然と立ち尽くしてしまった。


一緒にいた女の子は、人目を惹くタイプのとても綺麗な美人さんで、先輩と並んでいたのが、すごくお似合いだった。誰が見ても美男美女カップルというだろう。



2人共、とても幸せそうな表情と雰囲気だった。

改めて自分の失恋を強く自覚した。彼女といる時の先輩の幸せそうな顔を見て、今まで抗っていたけれど、心の中に残っていたものを捨て去る決意が固まった。私が先輩を好きでいても、自分には一切の望みはない。

夏休みになれば、先輩に会う事もないから、その1か月程の期間に、気持ちを完全に吹っ切ろうと自然に思えた。



期末テスト前の勉強会も、あと2回ほど。

先輩は後輩の私に親切で勉強を教えてくれていた。今から断るのもおかしいので、心を無にして、頑張って勉強に集中することにした。



結局、勉強会では今までと変わらない時間だった。

何度か、いつも通りふわりと微笑みを向けられた。

諦めなきゃいけない好きな人に優しくされ、笑顔を向けられるのは、すごく辛かった。


なんで、私ではダメなのだろうか……。

好きの気持ちを無くそうとしているのに、それを邪魔するかの如き所業。モヤモヤとした黒い気持ちもどんどん膨れそうになり、必死に自分に言い聞かせる。心の中で『先輩のバカ……』と八つ当たりしながら。

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