恋って大変ですね

神村結美

前半

「あの、桜井先輩、好きです! 付き合ってください」


「あ~、ごめん。俺、彼女いるから。あのさ」


「そ、そうだったんですね! す、すみません、忘れてください」


 溢れそうな涙を堪え、何かを言いかけていた先輩の前から走り去った。



 ーーその日、私は失恋した。



 同じ高校の2つ年上の桜井先輩に勇気を振り絞って告白した結果、見事に玉砕した。


 まだ梅雨真っ只中だったその日は、まるで私の気持ちを表すかのように、夕方から大雨が降り続いた。




 私、藤崎佳純ふじさき かすみが通う高校は、1クラス30人から40人の生徒が居て、各学年10クラスあるマンモス校。

 普通科が5クラスに、特進科、英語科、理数科、文学科、芸術科がそれぞれ1クラスずつある。同学年であっても、学科が違えば交流の機会は少ない。先輩達となると、建物が学年毎に分かれているのもあり、部活や委員会、イベントでもない限り、仲良くなるのは稀である。



 私が桜井海里さくらい かいり先輩と出逢ったのは今年の4月。同じ図書委員でくじ引きの結果、当番のペアが一緒だった。


 二階建ての図書館は広く、一階と二階それぞれに貸し出しカウンターがあり、図書館内の見回りや清掃も含めて、毎日放課後に3組の図書委員がローテーションで当番となる。1週間に一度当番が回ってくるので、ペアの人と接する機会は多く、世間話から趣味、家族の話や将来についてなど幅広く話すようになった。


 先輩は、クールで頭脳明晰で少し近寄りがたく見えるけど、口調も丁寧で優しく、ふわりと微笑んだ時の笑顔はとても素敵。目元を少し覆っている長いサラサラの黒髪と黒縁眼鏡によって隠されているが、実は先輩はかなりのイケメンだった。これも少しづつ仲良くなって気づいた。



 先輩は特進科の3年生で、本が好きという理由で図書委員を選んだらしい。私と同じで、ミステリーやファンタジーが好きということがわかり、お互い本を勧め合うようにもなった。趣味も合い、1週間に一度の機会だとしても『桜井先輩と話すこと』が学校に来る1番の楽しみとなり、先輩を好きになるのに時間は掛からなかった。



 そんな私に1つの転機が訪れた。


 当たり前だが、7月末頃からの夏休み直前に、期末テストがある。普通科に通う私の頭の出来は普通だ。


 高校に慣れ始めた頃、両親から勉強はどうだと聞かれたことがある。将来を見据えて、塾に通う提案もされた。


 せっかく高校生になったのだから、高校生活を満喫したいし、塾に通って勉強ばかりの人生になるのは絶対に嫌! 

 だから、両親から勉強について聞かれたら、問題ないと答えていた。



 だがしかし、期末テストの結果は数値として出てしまう。点数が悪かったり、万が一赤点でも取ったら、夏休みから塾に通わされてしまうに違いない。

 危機感を持った私は、しっかりと期末テスト対策を取ることにした。特に苦手である数学や化学、英語は早々に取り組まなければ!


 6月中旬。期末まで、あと1ヶ月ちょっと。

 強い使命感を胸に、ちょっとした空き時間や、図書委員当番の貸し出しカウンター担当で暇な時には、単語帳やノートを見て勉強するようにしていた。


 少しの時間でも勉強に充てようとしていた私が必死に見えたのか、桜井先輩から、『勉強教えてあげようか?』とお誘い頂き、即答でお願いした。



 先輩との時間も必然的にグンと増えた。


 先輩の説明はとても丁寧でわかりやすく、勉強が捗った。休憩時間もしっかり設け、時折冗談やユニークな例を交えながら教えてくれて、勉強なのに楽しく取り組めた。


 そんな状況に浮かれていた。

 楽しい時間ーー幸せな学校生活に満足していた。




 ーーあれは、6月30日のこと。

 図書委員の当番で館内の見回りをしていた。

 置き忘れられた本がないか、乱雑に片された本がないかと、それぞれの本棚を確認しながら移動していたら、ふと気になる言葉が耳に届いた。


『桜井先輩』



 声が聞こえた方に視線を向けると、女生徒2人がコソコソと会話をしていた。ブレザーのタイを確認すると、2年生の先輩のようだ。


 この学校の制服は、学年毎にネクタイの色が違う。1年生は紅、2年生は紺碧、3年生は翠となっている。目の前の本棚を整理するように見せかけながら、2人の会話に耳を澄ませる。



「それでね、桜井先輩と目が会ったら、ニッコリと笑ってくれたの。もう、キャーって叫びそうになるの堪えたよ! あの笑顔の破壊力ヤバすぎだから、ホント」


「あー、確かに先輩に笑顔向けられたら叫ぶね」


「でしょ! でね、もうすぐ夏休みじゃん? だから、花火大会に誘ってみようかと思って!」


「え、先輩って彼女いないの?」


「あれだけカッコ良かったら彼女いそうだけど……噂聞いたことないし、特定の女の子と一緒に居たり、イチャイチャしてるのも見たことないから、彼女は居ないと思う。ってか、居ないと信じたいっ!」


「それは、わかるけど。じゃあ、先輩に彼女が居ないなら、告白とかするの?」


「ねぇ、もし、花火大会一緒に行ってくれるなら、少しは脈あるってことだよね?」


「2人だけなら、そーだね」


「だから、とりあえず、花火大会に誘ってみる!」


「そっか、頑張れ!」


「うん!」



 2人の会話を聞いて、私は頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。図書委員の当番は桜井先輩がペアだから、一緒に行動する事が多い。勉強会も先輩からのお誘いで、個別に教えてもらっているくらいだから、私は他の人と比べて、私と先輩はに仲が良いと当たり前のように思っていた事に気づいた。


 だから、考えつかなかったのかもしれない……。

 先輩と他の女の子との事を。



 よく考えれば、私が先輩と一緒にいるのは、放課後のちょっとした時間だけ。頭も良く見目麗しい先輩は、モテるだろうと思った事も何度かあった。


 私が先輩と一緒の空間に居る時に、1番仲が良いのは私だった。色んな会話の中で他の女の子の話が先輩から出てきたことはなかった。女の子と2人だけの姿も見たことがなかったから、気づかなかったんだ。



 花火大会に誘うと言っていた先輩と桜井先輩が一緒にいるところを想像してしまい、胸が痛んだ。


 もうすぐ夏休みだからと誰かが告白して、その子と先輩が付き合うという可能性もある事に思い至り、『それは嫌だ!』と強く思った。他の女の子と親しいところなんて見たくない……。



 そこからグルグルと考えて出した結論は、夏休み前に桜井先輩に告白することだった。


 この時の私は、少しは可能性があると思っていた。

 先輩と仲が良くて、私に優しくて、よく笑顔を向けてくれるから、少なからず好意はあるかも、と。


 振られる可能性の方が高いなら、告白しようとは思わなかったけど、先輩には彼女は居なくて、先輩の態度からも、私にもチャンスがあると思った。

 だから、次に先輩に会った時に、周りに人がいなければ気持ちを伝えようと決めた。

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