Ⅰ-5
正月、一月三日の夜九時半。スーパーマーケットは真昼のように白く、置かれた商品の様々な色どりとパッケージのディティールまではっきりと浮き立たせていた。いつもは夕食を目的に集まった客も、正月三が日ではあまり訪れない。福岡の中では山と大学に近いこのスーパーも、当の学生たちは帰省して九州の津々浦々に散り、来るとすれば家でのごちそうと酒に酔った老人か、緊急で何かを買いに来た男か、それとも近くで自分たちと同じように仕事に従事していた人々だ。人気のない総菜コーナーで、時間が経って見切りに入った惣菜に、三十%引きシールを貼りながらマネージャーが言った。
「それで。その東京の子とはそのままお別れ?」
いつもはそれぞれの作業に没頭して会話することのない職場なのだが、数日前にっ有給について話をしたとき、自称職場の事情通なおばさん店員が繰り出す『女の子と会うんじゃないの』という決めつけに、感情もなくはいと言ってしまったところから、マネージャーの根掘り葉掘りが始まった。
翔太は彼の背中からごく近くにある乳製品のボックスの前に立ち、ある商品の頭を前に押し出して答える。翔太にとってこの話は、隠し事でも何でもない。
「はい」
「なんも言わなかったの?」
「ええ、そうですよ」
「あんまりだろおい……」
と言ってオレンジ色のエプロンを来た壮年のマネージャーは強烈な酸っぱさの梅干しを食べたような顔をしてこちらを振りむいた。
翔太はそれに気づかず、商品を前に出し続ける。
「何でですか?」
「はっきり言って気があったんだろ、その女の子にさ」
「そうかもしれません」
彼がうーん、と頭を抱えている仕草をしているのは翔太にも分かる。
「なんで合格したタイミングで告白しなかった?」
「その時は感情がなかったことは確かです」
日付が近いものを前に、日付が遠いものを遠くに。棚を見ると、一番日付が遠い牛乳がブロックごと引き抜かれて間を開けている。
「しょうがないな。積極的にいかないともうチャンスないよ?三十なんて……」
と言うマネージャーは、これからシールの種類を半額に変えて、他のものよりさらに売れなかった揚げ物のパックに貼る作業に移っていくところだ。
「ちょっとでもそういう会話したことある?その子と」
「付き合ってもすぐに浮気するって言ってました」
「地雷じゃねえか……で、結局どうなったの」
「今度また帰省するときには会おうねって言って終わってます」
「いやー……。そういうのさ。都合のいい関係っていうんだよ」
「そうなんですか」
その言葉に一刻置いて、マネージャーは続ける。
「君次第だけどさ。俺だったら全部そこでぶちまけて言うよ。侮辱してんのかって」。
マジでいいように使われるだけじゃないか。このままじゃさ」
マネージャーは翔太のことを情深く思っていて、心配してくれる存在だと翔太は思っている。その立場なら、そういう見方もできる。それ以上に何か彼に言うべきことは見つからなかった。
「いいんですよ。友達なんで」
「男女の」
「ええ。人助けをしてたんです。ずっと友達には。二年前なんか特にいろんなことをしてました。別の人にも。例えば仕事の愚痴になったら話を聞いたり、そのまま転職決めたり。付き合ってる男と上手くいってない女の子助けて、その子が結婚して子供を産んだりとか」
後半は中村杏子のことだ。
そう話しながら、翔太の手のスピードが上がっていくのが、彼自身にも分かる。
「転職?実際にした?」
「はい。ホテル業から企業の営業に」
「そりゃすごいね。実際に動くのはすごい。出産もすごいな」
「転職の人は上から指示されて動くのが嫌いだったらしいから、大体そうならないような数字さえあれば何も言われないような営業になったって言ってました」
へえ。マネージャーの大きな目が、また一際大きくなって言葉に詰まっている。
「でも君フリーターじゃん」
翔太の手が止まり、翔太は振り向いて、マネージャーに答えた。
「はい。そうですよ」
「そうですよって。いや、すごいよ。ここまでやって一つの不満もないなんて。アドバイスができるのもすごい。仙人か」
そこには素直な感情が含まれている。翔太は顔だけを俯かせて答えた。
「ありがとうございます」
翔太の世界に争いというものは、少なくとも彼の辞書の中にはない。マネージャーはその表情を見るとシール貼りに戻った。痴話話をしながらだというのに、日付時間の確認とシール貼りの動きは速かった。
「でも確かにそれなら、男と女の友情も成立するよな」
「はい。少なくとも僕はそれでいいんです」
「ハンカチと靴下も迷いなく履く?」
「ええ」
「履かないんですか?」
「俺なら吐く」
マネージャーが右手をのど元の前に出して外側に動かした。
「こっちの方」
翔太は意に介さない。ああ、マネージャーの言いたいことをワンテンポ遅れて理解して翔太はそう言うと、マネージャーは翔太の生態をさらに思い出してこう尋ねる。
「酒も煙草もパチンコもしないんだろ」
「はい。あんまり興味なくて。人が集まったときには、お酒は飲むけど」
「正直俺にはわからん」
マネージャーはシールを貼り終わって、そこに立ち、翔太の仕事の進捗を確認しながら一言加えた。
「すごい」
その点に関して翔太は、自分をすごいと思ったことなど、一度もない。
「ゆとりって感じ」
別に要らないから要らない。それだけでしかないのだ。
だからどんなレッテル張りをされたとしても、気にもならない
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イノセントゼネレーション 羽田和平 Kazuhei Wada @wadakazu
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