編み道楽 靴下を何日もかけて編む僕らの幸せ

縦縞ヨリ

靴下を編む僕ら

 靴下三足千円ちょっとで買える時代。もっと言えば百円ショップでも可愛い靴下が買える時代。

 そんな中で、僕は細い毛糸と細い針を使って、何日もかけて靴下を編んでいる。家にある全部の靴下を編むわけじゃ無いけど、特に冬の靴下はほとんど手編み。


 ちょっと太めの糸だと一枚一日、一足二日で編める時もあるのだが、大抵は極々細い糸を二ミリほどの太さの針で編むので、一足作るのにがんばっても四日くらいはかかる。手の早い人だともっと早く作れるらしいのだが、私はそんなに早い方じゃないので、そのくらい。

 なんでそんな事をするのかと言うと、編んでいて幸せな気持ちになるからだ。


 靴下毎日洗濯するものなので、「ソックヤーン」と言う強い糸を使う。

 

 ソックヤーンは色々な色があり、靴下を編むと、自然に色が変わっていき、模様が出る糸もある。カラフルなものからシックなものまで。もちろん単色のものもある。

 先日編んだのは、グレーのメランジにネップ呼ばれる色とりどりの小さな差し色の入った、イタリアの毛糸の靴下。

 糸のお値段は……まあ、安くは無い。でも美しく丈夫で強い。

 丈夫で強いというのは、平たく言うと「洗濯機で洗える」という事だ。「オシャレ着洗い」なんてしなくていい。Tシャツと一緒にガンガン洗える。

 日常に寄り添うものは、丈夫で美しい物がいい。

 ソックヤーンでも手洗い推奨の糸もあるのだが、そういうものは選ばない。あくまで日常生活の一部として、僕は編み物をしている。

 一目一目、途方もない程手を動かし、編み上げる。

 長く使い、穴が空いたらそこまで解いて別糸で編み足すか、ダーニングと言われる補修をして塞いでしまう。そしてまた履く。長く履くと肌当たりが柔らかくなり、温かみも増す。


 靴下は数日で編み上がる「小物」でありながら、複雑なテクニックを多く使う曲者でもある。

 減らし目増やし目、作り目、引き返し編み、ゴム編み、言い出せばキリが無い。

 靴下を沢山編む人は、自分なりの「レシピ」を持っている。

 つま先から編むか履き口から編むか、作り目は、長さは、拾い目はどうするか、補強は入れるか。


 柔らかな手触り、鮮やかな色、触覚視覚、段染め毛糸の色が変わる瞬間のときめき。


 靴下を編むことは楽しみであり、テクニックを詰め込む作業であり、新鮮な驚きがあり、自分の足に、あるいは贈った人の足をぴたりと包み込んだ時、そこには言い表せない達成感がある。


 靴下を贈ることは、「あなたに心を許している」という意味があるらしい。なので親しい人に向けて作りたい。


 欧米においても、靴下は幸せの象徴だ。

 サンタクロース……聖ニコラウスは、やむを得ず娘を売ろうとしていた貧しい家族を助ける為、窓から金貨の袋を投げ入れた。それが暖炉の横に干してあった靴下に入り、その金貨で娘は売られること無く、幸せな結婚をする事が出来た。らしい。

 靴下には幸せが入ってくるのだ。だからクリスマスに枕元に置くのである。


 僕は、靴下を編んでいると、やたら幸せな気持ちになる。

 編んでいる人なら、きっとわかってくれる筈だ。ソックニッティングというのは、たぶんそういうものなのだ。

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