第11話 青春の背中に憧れて
「君、すごいね。」
やけにあっさりと。
「どうも、じゃあ認めてくれるんですね?自分がやったこと。」
「違う違う、僕が褒めたのは君のその想像力さ。確かにそれなら僕がやったことにできるかもしれないけど、証拠は?」
鋭い指摘に俺の中に緊張が走る。
「…ないです。」
目安箱の件、阿比先輩が回収した後から俺が確認した朝までに誰かが入れた可能性がある。それでは決定的な証拠とはならない。
そもそもこの考えに行きつくことだって、阿比先輩への疑いのバイアスがかかっているからできたことなのだ。
「そうだよね。そもそも水落木先輩に書類を抜き取らせるために先に書類を抜き取っておくなんて、それこそテレパシーでもない限りは無理だもんね。」
そう、この話は結局のところ平行線だ。
ここは引き分け狙いの交渉が必要なのかもしれない。
ーーガラガラーー
俺が頭をフル回転させていると、颯爽と扉が開く。振り返るとそこには、大柄な男が妙に鋭い目つきでこちらを見ていた。
「話は聞かせてもらったぞ。」
ドスドスと俺達に近寄ってくるその巨漢は、距離感の測り方を間違っていると言わざるを得ないところまで近寄ってくる。そして急に話し始める。
「昨日の帰り道でな、水落木が泣きながら謝ってくれたよ。「式田くんに任せていた書類がなくなっていて、今日休みだったから、書類が完成していないことをうしろめたく思っているんじゃないかって。それで私、一旦書類を隠そうと思って。そしたらなぜか書類は元通りになってて、私が隠した分の書類だけが無くなったことになって、私怖くなって言い出せなくて…」ってな。」
なぜ、こんな早く来ているんだ?生徒会の昼休みの活動は昼食後、12時半からと聞いていたんだが。何か用事があったのだろうか。
阿比先輩の顔に感情がなくなる。どちらかと言えば、遊んでいたおもちゃが壊れて不貞腐れている子どものようだった。
最初から水落木先輩からの証言を取ればよかったのか。後輩としての遠慮が、その可能性を掻き消してしまっていたとは、なんたる不覚。
阿比先輩は、明らかに機嫌が悪くなったような表情を見せる。
「はいはい、僕がやりましたよー。で、どうすればいいんですか僕は。クビですか?」
開き直ったかのように笑いながら話す。
だが、阿比先輩も予想していなかった言葉が、鵜飼先輩の口から放たれる。
「いや、むしろ俺の方から謝らせてくれ。すまなかった阿比。」
生徒会長の背中は、90度以上に折れ曲がっていた。
ここまで終始余裕の表情を見せていた阿比先輩の目が見開いた。
「お前にこんなことをさせてしまった俺にも責任がある。水落木に関してもだ。だから、これからは不満があれば全て俺に言ってくれ。自分の中の不満は全部、俺が受け止める。」
生徒会長の漢気に、俺の背筋はピンと伸びる。
頭を戻し、顔を引きつらせる阿比先輩なんて気にせず、そっと手を差し伸べる。
「お人好しが…!」
阿比先輩はその手を避け、早足で生徒会室を出ていった。
残った俺と鵜飼先輩。まずいぞ、さすがに2人は気まずい。
「すまなかったな。1年にみっともないところを見せてしまった。」
「いや、そんなことは…。」
むしろあなたには3年生の貫禄を見せてもらった。自分もあれくらいの器の大きさを持ちたいと思ったが、おそらく無理だろうと2秒で夢に終わった。
「阿比が水落木の事を良く思っていないことはなんとなく察していた。水落木は良い奴なんだが、阿比には許容しきれないほどの優しさだったんだな。」
親が息子を心配しすぎる感覚と似ているのだろうか。
書類の早期提出の話があったが、あれも人によっては負担のかかることだったのかもしれない。
「今回の件、それをないがしろにしていた会長である俺の責任だ。これからはより一層、会長としての自覚を持っていかなければいかん。」
決意表明に心で拍手をしておく。
「これから、うまくやれると思いますか?」
しまった。絶対に聞くべきではなかったと、口から出た後に気づいた。ただ、出てしまったものを引っ込めることはできない。
先輩が聞いていないことを願ったが、こちらを向いた時点で耳に入ったことを悟った。
その顔には、笑顔があった。
「緋村はさ、阿比が水落木の行動を予測してたって推理したんだろ?」
そうとしか考えられない。そして、さっきの阿比先輩の様子からしてそれは間違いないことだろう。俺は小さく頷く。
「それってさ、阿比のやつが水落木の優しさを認めていたってことだろ?あいつはあいつなりに考えていることがあってさ、今回はそれが悪い方向に行っちまったけど、これからまだ立て直しができると俺は思ってる。」
物理的にも概念的にも大きいその背中を、俺は素直に尊敬した。小学生の時、1つ年上の人間がすごく大人に見えた。だが1年経てばその姿になっていて、中学生になってもそれは変わらなかった。
俺は2年後、これくらいの人間になれているのだろうか。ついさっき諦めた夢が蘇ってきた。
「高校生活は短いんだ。悔いの残らない選択をしたい。緋村!お前もだぞ?ぼんやり生きているとあっという間だ。勉学、運動、恋愛。どれも気の済むまでやれ。」
なぜかやたらと刺さる言葉をありがたく受け取っておき、俺は生徒会室をあとにした。
「どうだった?」
生徒会室の隣に位置するトイレの前で壁にもたれかかるように立っている1人の女子生徒。
「どうもこうもない。なぜ鵜飼先輩まで呼んだんだ?」
「なんのことかしら?それより私の質問に答えなさい。」
1つため息を吐く。
「大丈夫だと、思う。」
たとえこれが原因で致命的なことになって、生徒会が空中分解しても大丈夫だ。
ー高校生活は短いのだ、あっという間だろうー
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