緋村瑛一の不本意推理ショー

@wataru803

緋村瑛一は、青春高校生活に憧れる

第1話 帰りの下駄箱

春が通り過ぎた風を感じる。


まだ5月も上旬とはいえ、すでに25度近くの気温が続いている。例年暑い時期が長くなっているのは気のせいではないにしろ、今年は極端だ。

下駄箱の外靴をとり、中靴をしまっている俺に、次は少しだけ爽やかさの残った風が押し寄せる。


本日は快晴、午後から少しずつ雲が出始めていたが、太陽はまだ顔を出している。軽い学生鞄を左肩に掛け、トントンとつま先を床で叩いて靴を履く。


今日は本当に災難であった。まさか避難訓練が行われる日だったとは。


いや、別に避難訓練があったからではない。詳しくいえば、俺の日直と避難訓練が被ったことが、災いの元凶と言えよう。


5限の途中に突如、緊張感のない緊急放送が流れ、グラウンドに全校生徒が集合した。6限は防災訓練を行う都合で無くなっていたことをこの場で初めて知った俺にとって、その瞬間は歓喜だった。

その直後、日直が消化器の使い方を実演しないといけないと、知るまでは。


最初に全クラスから日直が集められ、消化器を運んだ。これがやたらと重かったのだ。

ただのデモンストレーションでなぜ本物を使う必要があったのか、後から考えてもわからない。非効率的だし日直への精神及び肉体的苦痛を与えるためとしか思えん。


そして消化器が鎮座していた場所からクラスまでの距離は、グラウンドの端から端。

北海道から沖縄より遠かった。


日直は基本2人いて、俺の隣にはクラスメイト兼日直の桃園というギャルの権化いたはずだが、俺がせっせと運んでいる間も自分の綺麗な爪に見惚れるばかりで、とても手伝おうという雰囲気を感じ取れなかった。


ギャルだというだけでカーストを掌握していると思っているのが気に喰わないが、怖いので何か言うのは控えた。

いや、もはやそんなことはどうでもよかった。問題はその後だったのだから。


複数の箇所で火災があった想定で、俺は消化器を運んだあとも煙の立たない火災現場を走り回らされた。クラスメイトからの慈悲の目、それ以上にバカにするような嘲笑を同時に浴びながら30分の地獄を過ごした。


運動会さながらのカロリー消費で滴る汗と巻き上がる砂煙が俺の不快指数を上げ、それから…。


これ以上思い出すと鬱になりそうだ。さっさと帰ろう。今日はホームルームもなかったから直帰だってできた。だが、日直の仕事が残っていて、あまりの疲労でついつい机に突っ伏してしまった。まだ体は痛いが、いつかは帰らないといけないからな。


よく靴を見ると、表面が砂っぽくなっていた。はぁ。


ひとつ溜め息。


屈んで砂を払う。酷使した腰に電撃の如く痛みが響く。トントンと腰を叩く。

じじ臭く聞こえるかもしれないが、誰でもあんなことをすればこうなる。

ゆっくりと重い腰を上げて玄関を出る。



「あ、いたいた。良かったぁ、ギリギリ間に合って。」



背後から活発な声が聞こえてくる。

俺はその声に振り返らず玄関を、



「確か、今あなたには貸しが2つあったわよね?瑛一。」



その言葉に足が止まる。



「今日、防災訓練で疲れ果てたあなたの代わりに仕事をやってあげたのは誰だっけ?」



これ見よがしに左の人差し指を頬に当ててとぼけている。


黒板消しやゴミ捨て、その他諸々の雑務を引き受けてくれると言ったあいつの誘いに乗ってしまったのも、今日起きた不幸の1つと言える。



「ちなみに、忘れてたら明日からクラスにはいられなくしてあげるから、返答には気をつけてね。」



明るい声の裏にドス黒いものを感じる。こいつが言うとギリギリ冗談じゃない気がする。



「あれは桃園が勝手に帰ったからであって、別に俺はお前を頼ろうとは…。」



振り返ってしまった。長く滑らかな栗色の髪を1つにまとめて結んでおり、少しウェーブがかかっている。



「へぇ、あらそう。じゃあ瑛一、あなたは私にあらぬ恥辱を味わせて、挙げ句の果てに日直の仕事を強要したことにするわ。」



後半はずいぶん可愛い犯罪者だな。

とはいえ、貸し借りでこの七篠椿羽(ななしのつばは)といざこざを生むのはあまりにも得策でない。中学で俺が唯一学んだこと、義務教育の集大成だ。



「わかったよ、何がお望みだ。」



重い体で一、二歩七篠に近づく。

半袖半ズボンの体操服姿で仁王立ちしている七篠は不敵な笑みを浮かべていた。嫌な予感しかしない。



「ちょっと生徒会室まできてくれるかしら?」



「おいおい、待て待て。お前の代わりに怒られるなんてまっぴらごめんだぞ。どう考えても借り2つ分の価値を超えている。」



貸し借りの関係。七篠とはずっとそうである。

こいつは他の人間には無償の愛のように人助けをする。それが趣味であるかのように。


でもなぜか俺には異様なほど恩を求めてくる。関係が2年近く続いている今でもその理由はわからない。



「私が怒られる前提で話を進めないで。瑛一にやってもらいたいのは謎解きよ。」



謎解き。生徒会と謎解きって、なぜか親和性があるように感じるな。

七篠は続ける。



「生徒会室にあったはずの重要資料が消えたらしいのよ。鍵のかかった金庫の中から。」



なぜその謎を七篠、跨いで俺が解決する必要があるのか。聞きたかったがごねても謎解きをしないといけないことはかわりなさそうだと悟った。



「はぁ。」



中途半端な返事をした後、俺は生徒会室まで連行された。

せめて4階にいるときに言ってくれよ。

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