夏の日

小鳥遊 忠一

夏の日

廊下から足音がドタドタと聞こえてくる。

「母ちゃん!母ちゃん!ゆうたと川行ってくる!」

背中を向ける母に忙しく声をかけ、学校の荷物をほっぽり、またすぐに玄関に向かう。

「まずはただいまでしょお!」

靴を履いていると背中からそんな声が聞こえてくる。

「はあい!行ってきます!」

「行ってらっしゃあい!」

母のそんな声を後に玄関の外にあった虫取り網と虫かごを持って走る。行き先はいつも友人と遊ぶ空き地の広場。青い空の下、ひたすら前に前にと足を進めるとあっという間にいつもの広場に着いた。

よっし!俺が一番だ!

そんなことを思っているとすぐにゆうたが来た。

「行くの川だよ?なんで虫取り網と虫かご持ってるの?」

少し乱れた息を整えながらゆうたが聞いてくる。

「明日けんたとカブトムシで勝負するから」

「奥の木で捕るの?あそこ行っちゃ駄目って言われたじゃん」

以前、向こう岸の木から川に落ちて少し怪我をしてから母に行くなと言われてしまった。

「駄菓子屋のおじちゃん家の木で捕る」

「ずるじゃん!」

少しムッとした顔でゆうたが怒ってくる。

「だっておじちゃんがいいって言ったもん!」

そんな軽い喧嘩をしながら川へと向かい、水切りやカニ、よくわからない虫を捕ったりしてしばらく遊んだ。二、三匹虫の入った虫かごと使わなかった虫取り網を持って帰路につく。帰りに駄菓子屋によってカラフルな四角いお菓子と棒のアイスを買って外のベンチで食べていた。するとタンクトップに半ズボン、片手に団扇を持った駄菓子屋のおじちゃんに話しかけられた。

「おや、カブトムシはもう良かったのかい?」

そこで気づく。自分の隣にある使わなかった虫取り網と虫が二、三匹入った虫かごを持ってきたのは駄菓子屋でカブトムシを捕るためであったということに。

「忘れてた!今から捕ってもいい?」

「それ食べ終わったら行っといで」

そう言われて残りのアイスを一口で食べようとしたが半分くらいを食べたところで頭にキーンと響き、痛くなる。思わず頭を押さえ、上を向いたり下を向いたりしながら足をバタバタさせる。

「ゆっくりお食べ」

そう笑っておじちゃんはまた中へと入って行った。食べ終わると「あたり」の文字が見えてくる。とにかく今はカブトムシを捕まえたかったのでポケットにその棒を入れた。中に入り、木のところへ向かうと蝉が一匹、羽を震わせミンミンと鳴いている。カブトムシはちっちゃいのが一匹とクワガタもちっちゃいのが一匹いただけだった。するとおじちゃんがいう。

「さっきまでいたんだがねえ。また明日おいで」

「明日だと遅いの!けんたに負ける!」

そういうとおじちゃんはまた微笑みこう言う。

「お前さんはいつも急だね、ちょっと待っときなさい。」

するとしばらくして奥からおじちゃんが虫かごを持ってきた、中には一匹のカブトムシ。それもかなり大きなものだった。

「次からはちゃんと早めにきなさい。」

そう言ってその虫かごとカブトムシをくれた。

「ありがとうございます!次からはそうする!」

そのお礼にと「あたり」の棒を渡すとまたおじちゃんがゲラゲラ笑う。

「今日はアイスじゃなくてカブトムシと交換かい?」

「うん!これでもいい?」

「良い、良いよそのカブトムシ大事にしてやれ!」

そう言って笑顔で頭をなでるおじちゃん。

「うん!」

ドタドタと走りながら満面の笑みを浮かべ、外に出る。

「ありがとう!行ってきまあす!」

とそんなことをいいながらゆうたと走って駄菓子屋を後にする。

「はいよお!」

元気なおじちゃんの声を聞き、虫かごを揺らして淡い茜色の空の下、家に着く。

「ただいまあ!」

「おかえり」

家に帰ると母は扇風機に背を向け洗濯物をたたみながらテレビを観ていた。テレビの中からは笑い声が聞こえてくる。すると、

「手洗ってきなさい、服も出してそのままお風呂に入っちゃいなさい」

と、座ろうとした時に言われる。

「ええー!」

「ええー、じゃない!汚いからもう入ってきなさい」

渋々風呂に入り、上がるころには母はもう夜ご飯を作り始めていた。机の上に置かれたお菓子をつまみながらテレビを観ること小一時間。玄関から音がし、父が帰って来た。

「ただいま」

「おかえりなさい!」

「おかえりなさい。」

僅かに母より先に父を迎えるとカバンを置く父に母が聞く。

「ご飯にしますか、お風呂にしますか」

「お風呂にするよ」

そう言うと父はお風呂に向かった。母は少しして手を洗い、そそくさと料理を並べる。お風呂から上がると上裸の父がタオルを首にいつもの場所へと座る。そこに母がお酒を注ぎ、座ったところで、家族みんなで手を合わせ、声を合わせる。

「いただきます」

今日の一日を互いに話す。

近所の話、職場の話、遊んだ話、いろいろ話、気がつけば食事も終わり寝る時間。

布団に入り蛙の声、虫の声をよそにそっと目を閉じる。ボソボソと聞こえる母と父の話し声を感じながら、優しく吹く心地よい風を感じながら、月明かりの下その夏の一日を終える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の日 小鳥遊 忠一 @kaaki1116

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画