それでも僕は

小鳥遊 忠一

それでも僕は

「フルーツサンド。」

「はい!ただいま買ってきます!」

この命令口調のいかにもなお嬢様。なんてことはない、ただの幼馴染というやつである。黒く輝き、丁寧に手入れされたその髪の毛には光で白い輪がかかっている。白く細い指の先にはシャーペンがくるりと回っている。教科書を盾に散らばるお菓子のゴミはご丁寧にティッシュの上に置かれていた。そしてまた一つゴミが増え彼女のほっぺたがリスのように膨れる。そんな姿を後に僕は小走り程度に購買に向かう。階段を降りたすぐ先にはすでに七人程度の列があった。八番目の僕は背の高い七番目の男の後ろに並ぶ。一人また一人と列が進み、少しずつフルーツサンドが見えてくる。これは買うのは余裕そうだとたかをくくる。すると七番目の男が購買のおばちゃんに対してこう言った。

「えーと、焼きそばパン二つとメロンパン一つ、カレーパン三つに、カツサンドが五つ、後それと、」

ちょっと待ってくれ。まだ頼むのかいこの鉄壁男くん。少し自重してくれたまえ。後ろの僕の買おうとしているフルーツサンド一個は残してくれよ。彼女買ってこないと半日無視をするんだ。その行き先に迷った指を今すぐ下ろしてください。お願いします。

「アンパン五つ、食パン一つ、ロールパン一つ、」

おっと、そろそろどこかのパンのヒーローたちが勢ぞろいしたぞ。これはちょっとバイキンの勢力が可哀想になって来たよ。可哀想といえば君の目の前のおばちゃんを見てみたまえ。あたふたあたふたとしてもう首と手が動き回ってるよ。あの歳でこの連続詠唱はちょっと厳しいと思うよ。だからね。お願い。周りを見て。皆こっち見てる。無尽蔵に湧いてくるパンの名前達にびっくらこいちゃってるよ。君とおばちゃん以外時止まっちまってるよ。そして僕もね、そろそろ本気で焦ってきたよ。フルーツサンドには手出さないでね。てかこんなに食べられるのかい。まったくもって心配になってきたよ。というか腹が立ってきたよ。いい加減どこうか。何か、もうね、うん、どいて。

「あとジャムバターのチーズパン一つとそれから」

おっと、確かにおじさんとお姉さんとワンコもいたね。忘れてたよ。ところで鉄壁男君新しい顔はいるかい?よければ僕がその顔をとってあげよう。新しい顔はないけど、それは自分でどうにかしてね。大丈夫!何とかなるさたぶん!頭取れても自分で拾える女の子のロボットもいるんだから。もし駄目でも七つの球集めれば生きけぇれる。だから少しの辛抱だ。でも今すぐどいたら許してあげる。三秒でそこをどきなさい。三、二、

「フルーツサンド、十個下さい。以上で。」

…いや、大丈夫。十個しかないわけない。いつもしっかっりあるんだ今日に限ってそんなことあるわけない。もしくはおばちゃん、個数制限をだしてくれ。お願いだ。いけ!おばちゃん!

「ごめんなさいね、他のはあるんだけどフルーツサンドは残り五個しかないのよ。五個でもよかったかしら?」

「あっ、はい!じゃ五個でお願いします!」

おばちゃーん!!!!!!!

「お会計、七千二百八十円ね、」

「カードでお願いします」

ヤバい。終わった。また半日無視だ。いや、この際それはいい。この鉄壁男許すまじ。こいつだけは!こいつだけは!

その憎たらしい背中が捻り、こちらを向く。

「ど、どうしたの、そんな怖い顔して。何か嫌なことでもあった?話聞こうか?」

こいつっ!!!

「あっ、ごめんね、僕、これからやらなくちゃいけないことあって!後で話聞くから、じゃね!」

そう行って鉄壁男はおばちゃんからパンのは入った袋を受け取ると急いで階段を登って行った。その背中、撃ち殺してやりたいがとりあえず謝りに行かないと。クソ。覚えとけよ。鉄壁男。

そう思いながら僕はスタスタ歩き、階段を登って彼女のいる教室へと向かう。すると教室から、憎たらしい後ろ姿と、聞き覚えのある少し低めの声が教室から聞こえて来る。

「皆、えっと、またあとで紹介されると思うんだけど今度からこの学校に転校することになった天路です。よろしくお願いします。えっと、これ先生から皆にって言われて、一緒に食べませんか。」

…クソ!何かいい奴そうじゃねーか。はっ!フルーツサンドあいつから貰えばいいじゃないか!

「いいの!?」「ありがとう!」「どこからきたの?」

くっ!行けねぇ!何でこんな人気なんだ!いや、確かにいい奴そうだと思ったけども!何かでっけえ犬みたいでちょっと目離せない系男子だとは思ったけども!

「あっ!」

っ!なんだ、何かこっち来たぞ。なんだ、何だよ!何かめっちゃ注目浴びちまってるぞ。さっきの仕返しか?俺まだ何もやってねぇぞ!

「さっきはごめんね、急に居なくなっちゃったりして。一緒にご飯食べよ、何かあったなら話聞くよ。」

くっ!こいついい奴だ!

「あっ!パンはフルーツサンドとかどうかな?結構人気だって聞いたんだけど」

「じゃ、じゃあそれで。」

「はい!どうぞ!どこで食べる?他の皆いるからあとのほうがいいかな?」

気遣いまでできるのか!?

「やっ、大したことじゃないから、あー、そう!お腹空いてて、ちょっとイライラしてただけだから!大丈夫!僕そろそろ行かなきゃ!ありがと!また話そう!」

そういって、ダッシュで教室の奥の隅。彼女のもとへ向かう。ふと振り返ると少し微笑みながら腰の辺り、低い位置で申しわけ程度にこちらに手を振っていた。

くっ!可愛いやつ!ふん!お前がナンバーワンだ!

「お待たせしました!フルーツサンドです!」

そう言ってフルーツサンドを差し出す。手元のティッシュの上にはさっきよりも更に多くのお菓子のゴミが積まれていた。そして口をはち切れんばかりに膨らませながらこっちを見て彼女は言う。

「あふぃふぁふぉ」

おそらく、ありがとと言ったのだろう。しかし美しい髪も、美しい白い肌も、こうも節操のない人が纏うと途端に、なんというか残念になる。それでもこのほんの一言がほんの少しだけ心地よい。

「どういたしまして!」

残念な君も、ムカつく鉄壁男くんもいる。それでもやっぱり嫌いにはなれないようで。それでも僕は、今日も一日を楽しめそうです。

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それでも僕は 小鳥遊 忠一 @kaaki1116

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