第7話「休養」
「はっ?」
私が目を開くと、よく見慣れた天井があった。
ここは家の……私の部屋だ。私、具合が悪いからコーチに言ってから帰ろうとグラウンドに行って、そしたら部員皆に目の敵にされてて、その原因はさやかちゃんで……。
思い出したらまた気分が悪くなりそうだ。寝汗も沢山かいていて、体が気持ち悪い。
あのとき、透に一部始終を聞いて頭がフラッとしてきてそれからどうしたんだっけ。私、どうやってここまで? それに服もパジャマになってるし、頭に冷えピタも貼られてる。そこでやっと横を向いたところで誰が全部やってくれたのかを察した。
「芹華……」
そこにはベッドに頭だけを預け、床に座ったまま寝ている芹華の姿があった。
ここまで私を運び、疲れてしまったのだろう。芹華は気持ちよさそうに寝息を立てている。起こしてしまうのも悪いと思いつつ、ありがとうの気持ちと、何より芹華の寝顔がカワイイので私は出来るだけソフトタッチで芹華の頭を撫でる。すると。
「ううん……」
半分だけ瞼の上がった芹華が頭を起こし、私を見た。
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
起こしたのが私だと分かるやいなや、芹華はすぐに覚醒して私を心配し始める。
「蘭子、大丈夫? 気分は?」
「う、うん。まだちょっと悪いけど学校にいた時よりは全然マシだと思う」
「そう」
私の返答を聞いて、いつも通りの冷静な芹華に戻ったものの、どこか安堵した雰囲気は私にも伝わってきた。
窓の外を見ると、もう日が暮れている。私を心配して付き添ってくれたのは嬉しいけど、二日連続ウチに泊まるのはマズいだろう。
「芹華、流石に今日は帰った方が」
「それなら大丈夫」
そう言うと、芹華は足元に置いてあったボストンバッグを叩いた。すでに準備してきていたようだ。しかもよく見れば服も私服になっている。
「用意がいいな。でも……」
昨日……もう一昨日か――電話でお母さんと凄い口論してたようなのに2日連続も止まってしまって大丈夫なんだろうか。
そんな私の心配が表情に現れてしまっていたのか、芹華は。
「蘭子はそんなの気にしないでいいから」
そう返されてしまった。
ここで反論してももう勝てる見込みはない。純粋に芹華を心配してるけど、それが伝わっても芹華は態度を変えないだろうしなぁ。
「着替え……ありがとね。頭のも」
「そのくらい全然。それよりここまで運んでくる方が大変だったから」
「うっ」
やっぱり私をここまで連れてきてくれたのも芹華だったのか。
私そんなに重くない。と言いたいところだけど、そうゆう次元の話じゃないよね。
「うん、それはご迷惑をおかけしました」
私は素直に頭を下げる。
「ならさっさと元気になってもらわないとね」
「ひゃ!?」
ちょっと!? 何で急にベッドの中に手を入れて私の体を触ってくるの?
「あ、やっぱり汗かいてるじゃん。着替えなきゃダメでしょ。ほら、ベッドから出て」
「ちょ、ちょっと芹華!?」
そう言うやいなや、芹華は私の体を引っ張ってベッドから引きずり出そうとする。
特に抵抗する理由はないんだけど、私はビックリして思わず体に力を入れてしまう。
「出なさい……てっ」
しかし、抵抗虚しく、ベッドから引きづりだされる私。自分が思っていた以上に汗の量が多かったみたいで、汗でパジャマに体がくっついている。
「うわぁベタベタ」
「そ、そんなジロジロ見ないで」
少し恥ずかしくなって手で体を隠してしまう。勿論芹華がいやらしい目で私を見てるわけじゃないのは分かってるんだけど。
「やっぱり先にお風呂入るか」
「やっぱりいやらしいこと考えてた!?」
「何言ってんの?」
「い、いや……別に」
「お風呂には入れそう? 熱っぽかったらやめといたほうがいいだろうし」
「うん、熱はないと思うから大丈夫だと思うけど」
「よかった、じゃあお風呂行こうか」
「いやいや!」
何で当たり前のように一緒にお風呂行こうとしてるの!? やっぱり変態だ! 変態だ今日の芹華。
私は手を取ろうとする芹華から、その手を振りほどく。
「あっ」
ヤバい、今ので勢い余ってフラついて倒れそうに――
「もう」
しかし、倒れかける私の体を芹華がすぐさまキャッチして事なきを得た。
「まだ治ってないんだから暴れちゃダメ。お風呂だって一人で入って倒れたらどうするの?」
もしかしなくても芹華は私の体調を気遣って一緒にお風呂に入ろうと?
うぅ、自分の考えが恥ずかしくなるけど素直に従うのも恥ずかしい。
「それは流石に大丈夫だよ! それにわざわざ芹華と一緒に入ってもらうならお母さんに頼るし」
私の家なんだから頼るならお母さんに頼るのが普通だろう。と、意地を張って「お母さん」と声を張ろうと口を開けた瞬間。
「私じゃ……嫌なの?」
思わず私は振り返り、芹華の顔を見た。
いつぶりだろう、こんな弱々しい芹華の表情を見たのは。芹華は今にも泣き出しそうな、ちょっと小指で突いたら崩壊してしまいそうなほどに涙を目に溜めこみ、私をジッと見ていた。まるで小さかったころの芹華に戻ってしまったかのように。
「そんなことないよ……ゴメン」
そんな目で見られたら嫌だなんて言えるはずがない。私は思った以上に芹華を傷つけてしまった謝罪の気持ちも込めて謝った。
「そう、よかった。じゃあお風呂行こう」
ホッとした芹華はすぐにいつものスンとした表情に戻って私の手を取った。あまりの変わり身のの早さに唖然とするも、芹華が泣きまねをするような子じゃないのは分かってるし、逆に心配する気持ちを消し去ってくれて感謝の気持ちすら浮かんできてしまいそうだ。
「うん」
芹華の手を握り、私たちはお風呂に向かった。
一般家庭の浴室で高校生の女の子2人が入るのは許容量的にギリギリだ。浴室用の椅子に座った私は今、背中を芹華に洗ってもらっている。
体調のせいもあるのか温かい浴室内で芹華に泡立てたタオルで優しく背中をこすってもらっていると、頭がポワポワして心地よくなってくる。
そういえば。
「小さい頃も、こうやって体洗いっこしてたよね」
あの頃は毎週のようにどちらかの家に泊まりに行って、お風呂も毎回一緒だった。こうやって一緒にお風呂に入るのもあの頃以来かもしれない。
「うん、蘭子は毎日泥だらけになって遊ぶから私が念入りに洗ってあげてた」
「そ、そうだったっけ?」
そんなだったか、私。
「あんなに毎日駆け回ってたのに覚えてないんだね」
「う、うーん。確かにそうだったような……まぁ、小さい頃のことだし!」
「小さい頃……まぁ、そうだね。蘭子は細かいことは覚えてないからね」
「何それー」
あぁ、なんか最近色々あってこんな風に芹華と笑いあいながら会話してなかったかもしれない。
心地よい。こんな時間がずっと、永遠に続けばいいのに。そう思っていたけど、そもそもその後の話題に持っていくために芹華が心を軽くしてくれていたのかもしれない。芹華は向き合わなければいけない話題の口火を切った。
「それで……明日からは、どうするの? 部活」
飾らない、芹華らしい真正面な質問の内容だ。でも、まだ私の中で答えは固まっていない。
「分かんない……」
正直に今の気持ちを伝えると。
「そう」
言葉だけだと素っ気ないけど私にはわかる。この「そう」にネガティブない意味はないと。
少し元気が出た私は続ける。
「でもね、体調がよくなったらまた部活には出ようと思うよ。例え今は皆にそっぽ向かれてても、部長として部活を引っ張って行かなきゃいけない責任があるからね」
口に出して怖くなってしまったのだろうか。言葉とは裏腹に私の体は震えて……いや、この震えは。
「芹華?」
振り返ると、震えていたのは私ではなく、泡立ったタオルを握ったままの芹華の手だった。
「私のせいだ。私が、蘭子を助けようと思って出しゃばったから……」
芹華の目からは涙が流れていた。いつも強くて私を守ってくれている芹華のこんな姿を見るのは大きくなってからは初めてかもしれない。でも。
「芹華は私を助けようとしてくれただけでしょ? 芹華は悪くない」
私は芹華の方に体を向けて泡立った手を強く握った。
「でも……私があんなことしたせいで蘭子は倒れたし、今も困ってる。私が迷惑なのは、わかってるんだ」
「そんな! 迷惑だなんて思ってないよ」
つい気持ちが入り、力強く首を横に振る私。
「うん、そうだよね。蘭子はそう言うって分かってた。でも、私は自分を許せない。勝手に出しゃばって。でも……」
一度言葉を止め、更に涙声になって芹華は続ける。
「でも、迷惑だと思っても蘭子のそばを離れたくない! 私は身勝手で最低だって、分かってるのに……なのに、離れるのは無理なの……」
芹華。部屋にいる時からちょっと様子がおかしいと思ってたけどそんなに思い詰めてたなんて。
思わず芹華を抱きしめてしまう。
「何言ってんの! 私の方が、芹華が離れるなんて、無理だよ」
自然と私も涙が頬を伝ってくる。
「うん……!」
私たちは泣きじゃくりながらそのまましばらく裸のままハグしあった。
その結果。
「くちゅん!」
「ゴメン、蘭子。さっきの話はお風呂ですべきじゃなかったかも」
「う”ん”、そ”う”か”も”ね”」
すっかり体が冷えてしまった私は無事風邪を引いてベッドの中で鼻をすすっている。
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